機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  09-03、反逆の神(3)



 思い掛けない内容だった。アミュは魔神とは非常に短い時間しか関わっていないので、彼の全てを理解していた訳ではないのだろうが、傍から見てその振る舞いは神族の一柱に相応しく常に悠然としていた。渾神が話したような理不尽な扱いを受けている様にはとても見えなかった。しかし、思い返せば心当たりが全くない訳でもない。彼は神族の排除を謳っていた。同胞と上手く行っているのならば、その様な言葉は確かに出て来ないだろう。分かり難いが一応彼なりのやり方で救いを求める合図は出していたのだ。
 アミュの深刻な表情に釣られたのか、渾神も真顔になって目を伏せた。
「戦後、何だかんだ言ってもユリスラとは付き合いの長かったコルトは、引き続き宰相役を任されることになったのだけれど、魔神の扱いは違った。彼が治める魔界は《闇》側《顕現》世界の外周を囲う様に存在していたから、それを口実に《光》側世界への盾の役割を与えられたの。実質左遷――中央からは排除されたということね。そして《光》側との諍いが減った今では、閑職同然の状態となってしまった。まあ、彼自身はその程度のことを気にする性格ではないのだけれど、支持者達は歯痒い思いをしているみたい」
「戦争をしたがっている?」
「彼の真意は分からないけど、少なくとも一部の支持者はそうなのでしょうね」
「成、程」
 そこで渾神は深々と溜息を吐き、視線をアミュの方へと戻した。
「魔神の境遇や本性はさて置いて私達との関係のみを考えると、友好的ではない相手と言って差し支えないと思うわ。貴女に近付いてくるのは貴女を利用する為。どれ程耳触りの良い言葉を吐いても、決して信用しては駄目よ」
 渾神の言葉を聞き終わるより先に、アミュの中で警戒心が湧いてくる。彼女は自分を気遣う言葉が信じられない病に掛かっていた。実際、過去に似た様な状況で彼女の期待が裏切られたことは多々あった。二心を持たない者もいないではなかったが、痛ましい記憶の方がより強く残るものである。だが、この時の彼女は相手を信じたいという気持ちも少しだけ持ち合わせていた。故に、迷いながらも彼女は尋ねた。
「あの、これを言ったらきっと不快に感じられると思うのですが、渾神様はどうして私に構って下さるのですか? 魔神様やシャンセさんは確かに私を利用しようとしているのだと思います。特にシャンセさんの方はちゃんと意思表示していますし。あの方達、理由をはっきりと言ってくれるので、事情を良く知らない私でも理解し易いんです。でも、渾神様は本当に分からなくて……。どうして私を渾侍にして下さったのか、どうして私を不死にしたのか……」
 話しつつ、アミュは過去にも別の相手に本心を問う質問をしていたことを思い出した。疑り深い性なのだ。周辺環境が悪いのだから仕方がない、と自己弁護に走る性格の悪さも自覚していて嫌な気分になる。
「貴女を愛しているからよ。利用する為じゃないわ」
 アミュの心情を察して渾神はそう答える。
「でも……」
「そうだった。私にとっては至極当前ことだったのだけれど、貴女にはちゃんと話していなかったわね。私は貴女に恩があるの」
「『恩』?」
 渾神は宙を眺め、アミュはその視線を追う。しかし何も見付からず、短慮な娘は眉を顰めた。
「ずっと、ずうっと昔の話よ。貴女にとっては前世の話。私は貴女に救われたの。あの頃の私はささくれ立っていた。大切にしていた世界が少しずつおかしくなっていって、大切にしていた者達に裏切られて。そりゃあ、私にも悪い所はあったのかもしれないけど、全部を私の所為にすることはないじゃない。私は私なりに頑張ったのよ。それで、私自身がおかしくなってしまっていた時に現れたのが貴女だったの。貴女だけが純粋無垢な目で私を見詰め、私の手に触れてくれた。それがどれほど傷付いた心を癒してくれたか。《元素》に縛られ変われない筈の《顕現》神に変革を齎した。これは凄いことなのよ。だから、私は私を救ってくれた貴女を愛します。大切に思います。何時までも側にいてほしい。でも――」
 渾神はアミュの目をまじまじと見る。今にも泣き出しそうな表情だった。
「私はきっと貴女に都合の悪いこともすると思うの。地上人の貴女を神である私の側に置くには余りにも障害が多い。私の『邪神』という立場もそうだけど、何より貴女自身の能力の低さが問題になる。だから、私は貴女に幾度となく試練を課すでしょう。成長を促す為に」
「え?」
「天界、それからサンデルカ――。カンブランタの件は私も把握していなかったから除外するけど、貴女は様々な者達と出会い、降り掛かった苦難を彼等の力を借りて乗り越えてきたわね。だから、一応及第点には到達している。でも、試練を自力で乗り越えるまで成長して、尚且つ他者を手助け出来る所まで行けば満点だった」
「そんなこと……」
 アミュは雷に打たれた様な衝撃を感じた。厳し過ぎる判定だ。
(そんなの無理だよ)
 やはり裏切られた、という思いしかなかった。好意的な顔を向けておきながら、眼前の女神は真にアミュの味方となってくれる存在ではなかったのだ。絶望へと叩き落とされた彼女は再び俯き、膝の上で両手を強く握り締める。渾神はその拳に優しく触れた。
「確かに貴女はこの先も苦しむことになる。でも、悪意があってやっている訳ではないの。試練の意味合いだけではない。私が味わった変化の喜びを貴女にも感じてもらいたい、共感してもらいたいという気持ちもあるの。だから、本当に貴女の為を思っての行動なのよ。……大丈夫。心配しないで。貴女はきっと出来るようになる。どうか自分を信じて」
「私、何も覚えてなくて……」
「そうでしょうね。でも、良いの。もっと素敵な思い出をこれから沢山作っていきましょう。貴女がどんな窮地に陥っても、命だけは必ず私が守るから。必ず――」
「……」
 両者の認識と心情が微妙に擦れ違ったまま、その日の会話は終了した。渾神に促されアミュは寝床に入ったが、目は冴え切っている。胸の内を掻き毟りたいのにそれも叶わず、彼女は寝具に頭から包まって安心感を得ようと藻掻くのであった。



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