機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  09-02、反逆の神(2)



「まず、外神の基礎たる四つの《元素》は世界の原初の形である《塊》から生まれたの。時期は《光》と《闇》よりずっと前ね。ああ、ただ《顕現》した時期は神によっては光神より後の者もいるから混同しないでね。当時私はまだ《顕現》してなかったから伝聞になっちゃうんだけど、プロトリシカが神族の王に擁立された時にタロスメノスの提案で、その四《元素》は《光》よりも後に生まれたことにしようって決まったそうよ。彼よりも上の立場の者を作らない為にね。だから、公に出ている情報は間違い。実際には、最初に《塊》から分離したのは《理》で、最初に《顕現》したのも《理》の神たるタロスメノスだった。彼女の誕生が切っ掛けで世界は今の形になったのよ」
「《理》――『運命』ですか」
「『節理』と言った方が分かり易いかもね。《理》とは、言わば設計書の様なものなの。ほら、複雑な建物や道具を製造するには、大体設計書を用意するでしょ? 世界にとってはそれが《理》だった。《理》に沿って万物は成った。《元素》も《顕現》も、本当に何もかもが。そこでさっきの話に戻る訳だけど、今言ったことを踏まえて世界にとっての悪――つまりは敵となる存在とは一体何だと思う?」
 再び渾神はアミュに問い掛ける。ただ一方的に説明するだけでなく、話の内容をきちんと理解させようとしているのだろう。シャンセの教え方とも通ずる手法だ。
「《理》に反する者、でしょうか」
 大して間を置かずアミュが期待通りの答えを返したので、渾神は満面の笑みを浮かべて喜んだ。
「正解! 設計書はそれを基準に作られた物を最善の状態で運用する為の物でもあるわ。設計書通りに作られ運用されている物は、基本的には設計書を書く際に想定した通りの動きをするでしょう。でも、同時に《理》は設計書の別の側面も踏襲しているの。物は必ず設計書通りに動く訳ではないって所も。時には設計者が見落とした粗が蓄積して誤動作を起こすこともある。ましてや、意図的に想定されてない動きをさせたらどうなるか。修正困難な不具合を発生させ、最終的には想定より早く寿命を迎えてしまうかもしれないわね。それこそがタロスメノスが一番恐れていることなのよ」
「魔神様の本質は『《理》に反すること』なのですか?」
「若しくは《理》には全く記載のない存在だった、とかね。本当の所は私も知らないのだけれど、兎も角タロスメノスは彼のことを世界に害を成す『悪』と断定してしまったのよ」
「そんなことが有り得るのですか? 運命に存在しないだなんて……」
「驚くことに意外とあるのよね。世界が出来立てほやほやだった頃は特に。実は私も《理》に載り難い存在ではあるのだそうよ。《理》が『万物を確定させるもの』であるとするなら《渾》は『不確定』を示すものである訳だし。あと、まあ諸事情あって《渾》は《理》よりも優先度が高いから」
 少しだけ誇らしそうに笑った後、渾神は「でも」と言って視線を窓の方へ向けた。窓は閉まっていたが、彼女はその向こう側にある何処か遠い場所を見ている様子だった。
「私はタロスメノスが妄信する『《理》からの逸脱は必ず世界の崩壊に繋がる』という思想には否定的でね。何糞って思っちゃうのよね。勿論、私はそんなつもりで動いてはいないしね。多分、シドガルドも同じ気持ちなんだと思うわ。設計書と違うことをして、偶然に生まれてくるものだってあるでしょう。それが意外と期待していたもの以上に良かったりして。だから、彼の性質が一般的な倫理観に基づく『悪』であるかは疑問なのよね。……否、違う。やっぱり悪党だ。奴は手段を選ばない下衆野郎だったわ」
 渾神は眉間に皺を寄らせて文句を呟く。その横でアミュは暗い顔をして俯いた。これは本当に自分が聞いても良い話なのかと胸をざわつかせながら。すると、渾神は好奇心に満ちた表情で彼女の顔を覗き込んだ。
「貴女はどう感じた? 彼のこと、悪い神に見える?」
 重苦しい空気を纏ったままアミュは答える。
「分かりません。ただあの方、シャンセさんに似てると感じる時があるんです。正確には猫を被ってた時のシャンセさんに」
「ああ、確かに」
「でも、シャンセさんの場合は時々素の部分が表に出て来るので、『ああ、演技なんだな』って分かるんですけど、あの方は違っていて」
「うん」
「何と言うか隙が無いというか、ひょっとしたらこれが本当にこの神様の本性なんじゃないかって思ってしまったりもするんです。多分シャンセさんより演技が上手いだけなんでしょうけど、でもそれが『悪』の証拠になるかと言われるとちょっと……」
 筋が通っているのか不安に思いながら、アミュは彼女にしては長めの言葉を発した。すると――。
「偉い!」
「ええ?」
 何故か嬉しそうに発せられた渾神の大声に驚いて、アミュは反射的に身体を仰け反らせた。続いて、後方にある扉を気にし始める。音声を遮断する〈神術〉を施したという説明は受けていたが、〈術〉の類に疎いアミュは本当に声が漏れていないか気になって仕方がなかった。だが、彼女の心情などお構いなしに渾神はアミュを強く抱き締めて全身で喜びを表現する。
「貴女、成長してる! 良い子ね、その調子よ。どんな相手であっても、まずはしっかりと観察するのよ!」
「は、はい。有難う、ございま、す?」
 言い終わった後、渾神はアミュの身体を解放する。再び感情を排した理知的な笑顔に戻った彼女は、講義を再開した。
「貴女の見解は的を射ているわ。《元素》の図形化された像である神という存在が、基となる《元素》の性質から外れた行動を取ることは難しい。だから、容易く嘘を吐く気質も嘘を吐く行為そのものも彼の本性の一部なのよ。《魔》という《元素》は『正道に反する』という側面も持っているからね。ただ、正道は即ち善かと言うと少し怪しい所があるから、《魔》もまた即ち悪とは言い切れないと」
「そう、ですよね……」
 一部にやや難しい表現が混じっていたので完全に理解することは出来なかったが、アミュは話に水を差すことを嫌って相槌を打つだけに止めた。口振りからしても恐らく今は余り重要ではなく、深く考える必要はないのだろう。
「随分と脱線しちゃったわね。まずは歴史の話をするつもりだったのに。何処まで行ったのかしら。闇神の後継者に指名された魔神が支持勢力を拡大していった所まで?」
「はい」
「分かったわ。続きを話しましょう。――魔神の信奉者が増えても、幻神や実神を支持する者は根強く残っていたの。彼等は魔神派の急成長を快くは思わなかった。だから、小競り合いは日増しに増えていったのだけど、頭の良い魔神はこうなることを早い段階から予測していてね。対策を模索し、やがてある二つの技術に着目した」
 魔神に対して嫌悪感を露わにしながらも、変革の神を自称するだけあってやはりこの手の話は好きなのか、渾神は歌う様な調子で語って聞かせた。
「一つは光神プロトリシカと闇神ウリスルドマが知恵と技術を司る智神ステラスフィアや空間操作の〈神術〉を得意とする天神ポルトリテシモから助言を受けて創り出した『永獄』、もう一つは天神固有の〈神術〉である〈異層〉。それらの技術を研究し、彼は『魔界』という空間を新たに創造する。そして、彼の支持者を全員魔界へと移住させたの。住み分けをしようとしたのね。でも、必然的に《顕現》世界――特に《闇》側の《顕現》世界の人口は減少し、一時的ではあるけれど衰退する。となると、敵対勢力の者達は当然焦り憤って精神的な分断も一層深まる、といった状況になってしまったの」
 同時期、《光》側でも変化が起こり始めていた。光神プロトリシカの狂乱だ。
「先に断っておくと、彼がおかしくなったこと自体は私の所為じゃないからね。そうなった後に余計なことは言ったかもしれないけど」
 光神が狂った直接の原因は、彼の神力の衰えであると渾神は解釈している。そして、弱体化の原因は《元素》の度重なる分離により《光》の権能が目減りしてしまった為であった。優れた者しか許さない《光》の神は、自分が虐げられる側へと回った時に正常な心を保てなくなってしまったのだ。彼は神力回復の為に他の《元素》を吸収して欠けた部分を補おうと考える。そうして真っ先に目を付けたのは、自分の傘下の神々ではなく権力闘争によって結束力を失った《闇》側世界であった。
「まあでも基本的には頭の良い子達だから、危機が迫ると知るや否や、日頃の蟠りは脇に置いて強い結束力を見せ付けてくれたのだけどね。ただ、魔神が神戦の元凶の一つと言われているのはこうしたことが理由なのよ。彼が原因で《闇》側世界は荒れ、《光》側に付け入る隙を与えてしまったから。彼さえこの世に生まれて来なければ神戦という悲劇は起こらなかった、とまで言う者もいるわ。光神の血を引く彼は《光》との親和性も高いから、当時は敵方の第一目標でもあったのにね」
「それは流石に……」
 アミュは言葉を濁した。哀れだとは思ったが、彼女を振り回した相手に対して同情を向けるのには抵抗がある。しかし、アミュの沈黙を渾神は善意だと誤解した。
「そうね。彼の性格の良し悪しは別にしても、これは完全な言い掛かりだとかりだと私も思うわ。けれど、彼には物申す術がない。今も尚。だって、彼は敗者だから。結局、《闇》側の権力闘争に負けてしまったから」
「え?」
「闇神は今、幻神が兼任しているでしょ」
「あ……」
「ウリスルドマの今際の際に彼女の傍らに居たのはシドガルドでもコルトでもなく、ユリスラだった。そうなったのは本当に偶然だったのでしょうけど、ウリスルドマは敵方に《闇》を渡さない為に闇神位をその時目の前にいたユリスラに譲るしかなかったのよ」



2024.02.14 誤字・一部文言を修正

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