機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  09-01、反逆の神(1)



 アミュは渾神の意向で彼女と共に一旦火人族の王城に戻った。これから渾神が語る話は大半が地上人族以外の種族に広く知られているものだが、それでも野外で大っぴらにするべき内容ではない、ということだった。無能の罪の件を知った後で火人族の根城に戻るのは抵抗があったが、「当面の間は大丈夫」という主神の判断を信じることにした。アミュ一人では何も出来ないので、渾神を信じるより他はないというのが実情であるが。
 城に戻った後、渾神は仮宿としている部屋に盗聴防止の〈神術〉を施した。それが終わるとアミュと向き合って座り、魔神シドガルドについて語り始めた。
「魔神の出生に関する情報は伏せられているの。公に姿を現したのは、彼がある程度成長してからだったわ。先代の闇神ウリスルドマが自身の後継者としてお披露目したのが始まり。その頃の彼の名前は『ザガルラ』と言ったの。神語で『悪い神』という意味よ。『決して他者が干渉してはならない』という念まで込めてね。名付け親は他の多くの神々と同じで理神タロスメノス。酷い名付けだと思ったわ。でも、残念ながら彼は本当に大戦勃発の要因の一つとなってしまったのよね」
 魔神の存在が公表されるまでは《闇》から最初に分裂した《元素》である《幻》の《顕現》神――つまりは幻神ユリスラが闇神の後継者とされていた。しかし《幻》とは存在感が薄く不安定なもの、そして見る者を惑わせるものだ。その《顕現》たる彼も似た性質を持っていた。一見真っ当な価値観や倫理観の持ち主なのだが、屡々現実的ではない行動を取ることがあったのだ。俗事に惑わされない真の聡明さと好意的に捕らえる者がいる一方、考えが浅い、地に足が付いていない、と酷評する者もいた。実際に彼の行動の結果、死傷者が出たこともあった。故に、彼は統治者向きではないという意見が少なからず存在していた。そういった者達は、大抵次子である実神コルトを推した。要するに、《闇》側の《顕現》世界にはまずこの両勢力の水面下の争いがあったのだ。そこへ魔神ザガルラが現れた。
「当時《光》側と《闇》側の勢力はまだ分断されていなくて、先代の神族の王であった光神プロトリシカは正しく全神族の王だったの。その偉大なる王が何故か魔神を支持した。だから何処の馬の骨とも分からない若き神は、皆に認められる――認めることを強制される後継者となった」
 魔神は光神と闇神の間に生まれた私生児とする説もあったのだという。闇神の後継者を名乗るに相応しい強大な神力の出所、光神が後見者となった理由、光神の正妃である理神が行った酷い名付けの訳――それら全てに説明が付いてしまうからだ。しかしながら、彼の出自が明かされなかったのは神同士の交わりによって生まれた「雑神」は、神族の中では本来下位に位置付けられていることや理神への配慮もあったのだろうと推測される。
「『説』というか、実際に私はプロトリシカから直接『魔神は自分の実子だ』って聞いたんだけどね。ああ、これは内緒の話よ」
 口元に人差し指を当てて渾神はアミュに注意を促した。
「出だしは兎も角として、彼は万人から嫌われた状況に納得しなかったの。努力家なのか野心家なのかは分からないけどね。本当の意味での支持者を獲得する為に奮闘した。そこはまあ、評価に値するわね。見捨てられた者、嫌われた者、時には罪人にさえ手を差し伸べた。けれど、彼は断じて善神ではなかったの。平気で嘘を吐くこともあるし、手段を選ばず非道を成す場面も度々あった。手法は少しコルトに似ているかしらね。彼からやや下衆の方向に寄った感じ。でも、驚くことにそういう綺麗事のみを言わない所に惹かれる者も少なくなかったのよ。こうして、魔神は着実に支持勢力を拡大していったって訳」
 因みに、彼が改名したのもこの頃だ。「シドガルド」は神語に於いては『悪いもの』という意味で旧名と然程変わらないように見えるが、入れ替えられた文字に込められた力は「決して他者が干渉してはならない」ではなく「強く結び付ける」であった。
「放蕩者の夫がとうとう妹同然の神にまで手を出して不愉快に思っているのは確実なのだけど、この『悪いもの』という名前に関しては理神は継子に対する嫌がらせではなく、他神と同様に彼の本質を表しただけだと思うのよね。あの子は公私混同が出来る性格ではないし。彼自身にもそれが分かっていて、全く違う名前への改名はしなかったんじゃないかな。雑神であれ昇神であれ神族に分類される以上は神体と接続している《元素》が必ず存在する訳だし、《顕現》側の定義を曲げるということはその接続を弱めて神力を削ることにも繋がるからね。じゃあ、そもそも理神の定義する『悪』とは何なのかって話になってくるのだけど」
 不意に渾神はアミュに尋ねる。
「貴女、外神について何処まで教わってる?」
「ええっと、何時何処から生まれたのか分からない《元素》が四つあって、それらの《元素》から《顕現》した四柱の神様が『外神』と呼ばれていると聞いています。その四つの《元素》は時間を司る《時》、運命を司る《理》、虚無を司る《虚》、不確定を司る《渾》だと。また、この四つの《元素》は《天》を含む十二の《元素》より先に生まれたことが分かっていて、外神様達は天帝様より強く地位が高いと」
「成程、教科書通りの内容ね。了解了解。では、ここから先も内緒話ね。命の保証が出来ないから、絶対に他の人には言っちゃ駄目よ。シャンセにもね。貴女にとっては負担になっちゃうかもしれないけど」
「分かりました」
 アミュが頷いたのを見て、渾神は話を続けた。



2024.01.20 誤字を修正

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