機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  08-02、死の火山(2)



「それは……逆に魔神様はあの人達のことをどうされるおつもりなんですか? どうして私にこの話を?」
「ああ、そう来たか。どの様に返すべきか……」
 罪人達への対応については、アミュの中ではほぼ結論は出ていた。また、火界に来た時から魔神はアミュにある変化を期待している様子であったが、彼女は既に彼の言動の理由と自身に望む反応に気付いていた。にも拘わらず彼女が敢えてこれを問うたのは、返答内容で彼が信じるに足る存在か量る為だ。計略を練る程の知能は彼女にはない為、直感的な行動であることは明らかだ。魔神は小動物の如き警戒心の強さに呆れつつも舌を巻いた。しかし、この程度なら御し切れるとも思った。腕の見せ所だ。
「まず、君にこの話をしたのは共闘を望んでいるからだ。渾神と手を切り、神族やその狂信者達と敵対し、私に力を貸してもらいたい。渾神と絶縁する為の手段は既に用意してある」
「渾神様との繋がりを無くしたら、私には何の力も残りませんよ。シャンセさんならまだしも……」
「そんなことはないよ。言っただろう、無能なる者はいないと。君は特別な存在なんだ」
「でも……」
「次にもう一つの質問についてだが、此方は『対応保留』という返答をさせてもらう。救済したい気持ちはあるが、実は以前それを実行しようとした私の部下が彼等の一人に傷を負わされてね。どうやら救出した火人は、敵を騙し打ちすることで自分は無能ではないと証明しようとしたらしい。しかも、死なば諸共で。彼等が可哀想なのは確かなのだけれど、私を愛してくれる幸福な者と私を愛してくれる者達を傷付ける不幸な者が居れば、私は前者を選ぶよ。後者を選択するのは、余りに前者に対して誠意が無さ過ぎる。だから、私は私に救いを求める者達を危険に晒してまで、彼等を救うようなことはしない」
 魔神は豆粒の如き建物を見下ろす。禍々しい色の大地に置かれた灰褐色は、遠くからは白く浮いているようにも見え、何処かしら清らかで儚げな印象を受ける。けれども近くに寄ってみれば、あれらもまた火界の土埃に塗れて黒ずんでいるのだ。その容体は正に中で暮らす住人の有り様そのものであった。
「あと、今はその時期ではない。確実に大戦の火種になるからね。機が熟すまで《光》側に対して私達は積極的には動かないよ」
 彼の言葉を最後まで聞いた後、アミュはまた押し黙ってしまった。考え事をしている様子である。魔神は彼女の考えが纏まるのを待った。
 暫くしてアミュは再び口を開いた。
「あの、渾神様はこの事を知っていらっしゃるのでしょうか。シャンセさんも?」
「勿論、知っているだろうね」
「一体どのように思っていらっしゃるのでしょう?」
「さあ。ただ、渾神は光神在位時には彼の側近みたいなものだったし、シャンセは選別で生き残った側だから、君と同じ考え方はしないんじゃないかな」
「そう、なのでしょうか……」
 個を重視しがちな地上人族の特性でもあるが、アミュは何処までも臆病で疑い深い娘であった。今度は今迄運命を共にしてきた仲間を疑っているのだ。魔神は僅かながら不快感を覚えたが、その感情を表には出さなかった。
「さて、そろそろ君の返事を聞きたいのだけれど――って、うわ!」
 突如側方から黒い物体が飛んで来て、鈍い音を立てた後に魔神の身体を弾き飛ばす。魔神もアミュも驚いて物体の飛んできた方向を見た。すると、そこには大きな岩の塊を片手で掲げた渾神ヴァルガヴェリーテがいた。先程飛んできたのも、どうやら岩だったらしい。
「渾神様!」
 アミュが目を輝かせたのとは対照的に、渾神は憤怒の形相であった。
「ほんっとしつこいわね、あんた。シャンセを狙ってたんじゃなかったの?」
「痛ったた……戻ってくるのが早過ぎるよ。別に今回は悪いことをしていた訳でもないのに」
「信じられるか! うら若い乙女を保護者の目を盗んで攫っておいて」
 一旦弾き飛ばされた魔神は、ぶつけた箇所を擦りながら元の位置に戻って来る。文句を言いつつも彼の態度に深刻さは見られない。悪戯が発覚した時の悪餓鬼の様である。それが気に障ったのか、渾神は持っていた岩を再び魔神に投げ付けた。しかし、流石に今度は相手も難なく躱してみせた。
 渾神は魔神を睨みながら舌打ちしたが、長く放っておいたアミュを案じて早々に母の顔へと戻った。浮遊の〈神術〉の為にアミュの肉体を包んでいた魔神の神力を引き剥がし、改めて自らが同系統の〈神術〉を施す。無力な我が子が自分の手に戻った所で、渾神は漸く彼女に尋ねた。
「アミュ、大丈夫だった?」
「あ、はい。問題ないです」
 だが答えを聞いても安心出来ず、渾神はアミュの身体を自分の方へと引き寄せて全身を隈なく見回した。そうして本当に無事であることを確認し、安堵の溜息を吐いた。一方、二人の様子を観察していた魔神は声を張り上げた。
「ほら、冤罪じゃないか! それに乙女と言ったって、もう二十代だろう。充分大人だよ。自分のことは自分で判断できる年齢だ。過保護過ぎるんだよ、貴女は」
「お黙り!」
「……」
 渾神は燃え滾る活火山の如く、アミュは凍て付く氷の如く魔神を睨んだ。渾神の行動は決して甘やかしではない。現にアミュは彼にここまで無理矢理連れて来られたのだから。高い理想を持つこの神が何故多くの者から忌み嫌われているのか、アミュにも少しだけ分かった気がした。手段を選ばないことと、それに対する良心の呵責がないからなのだろう。
 魔神はアミュ達の心情などお構いなしといった風に肩を竦めた。
「まあ、取り敢えず一番重要だった用事は済んだ。私は撤退させてもらうよ。じゃあね、アミュ。この件についての感想は次回会った時にでも聞かせてくれ」
「二度と来るな!」
 渾神の怒鳴り声が響くと共に魔神の姿は消失した。〈神術〉によって他の場所に瞬間移動したのだ。完全に諦めた様子はなかったので、肉眼で見えない程度の距離に貼り付いているに違いない。渾神は深々と溜息を吐いた。
「アミュ、本当に大丈夫? 怪我はないようだけど、あいつに何か言われなかった?」
 アミュは少し答えに詰まったが、足元の建物群を見て言った。
「あれについて……」
 渾神はアミュの視線の先を見て、細い眉を歪ませた。
「ああ……ああ、そういうことね。大体分かったけど、一応、何を言われたか聞かせてくれる? 嘘を教えている可能性もあるから」
「はい」
 アミュは素直に魔神から聞いたことを全て話した。



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