機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  07-03、地上人(3)



 光の灯らぬ部屋でアミュは再び目を覚ます。悪い夢を見ていた気がするが、具体的な内容は覚えていない。ただ、身体のだるさだけが残っていた。
(まだ夜か……)
 ヴリエと話した後、彼女に促されてアミュは寝室へと戻った。そうして再度寝床に入ったのだが、今の部屋の暗さを見ると眠りについてから大して時間が経過していないことが分かる。
 アミュは自分の寝台を離れ、渾神に用意された寝台の前に立った。
(渾神様、まだ帰って来てない。シャンセさん達を探しに行ったのかな)
 滑らかな肌触りの掛け布団を撫でながら、アミュはふと先程渾神を探した先で出会ったヴリエの言葉を思い出した。

 ――何であれ地上人族には希望が――貴女様がいらっしゃる。復権の日は近いのやもしれませぬな。

 きっと悪夢の原因は彼女との会話内容だろう。決して悪い人間ではない。しかし、過剰なまでに他者に期待し過ぎる嫌いがあった。火人族全体の傾向なのかは分からないが、もしアミュの思った通りであるならば火神が彼等を嫌っている理由もそういった気質にあるのかもしれない。
「そんな重荷は背負えないよ……」
 両手で顔を覆い、消え入りそうな声でアミュは呟く。「地上人族の希望」などというものになってやる理由は彼女にはなかった。同族への愛着が弱いのだ。マーヤトリナやブラシネに対しては世話になったとは思っているが、彼等の為に自分の未来を縛るようなことは彼女は決してしない。相手がそれを行っても自分はやらない。アミュはそういう人間だった。ましてや、今は自分のことで手一杯の状況である。自身の負担となる言葉を聞くだけでも不愉快極まりなかった。
 すると、唐突に誰かから声を掛けられた。
「少し良いかい?」
「……っ!」
 驚いて両手を顔から話すと、見覚えのある容貌が彼女を覗き込んでいた。聖都サンデルカの王子の皮を被った魔神シドガルドである。
「こんな時間に済まないね。でも、渾神が不在の今しか君と話す機会がないと思ったから」
 窓に掛かっている垂布がはためく音が耳に届く。そこで漸くアミュは寝室の窓が開け放たれていることに気が付いた。照明が点いていない筈なのに室内の様子や彼の顔が確認できたのは、室外の光が開いた窓から差し込んでいた為だったのだ。アミュは直ぐ様心の中で渾神を呼ぶ。口に出さずとも彼の女神なら、心の声を聞き届けて直に駆け付けてくれるような気がしたからだ。しかし、彼女の思惑を察した魔神は軽く釘を刺した。
「彼女を呼び寄せないでね。大事な話なんだ」
「一体、何を……」
 アミュは相手を刺激しないよう、ゆっくりとした速度で後退りをする。魔神は苦笑したが咎めはせず、当初の目的を果たすことを優先した。
「先日私が君に言ったこと、覚えているかい? 《火》の眷族に関してだ。火人達がなかなか君の前で襤褸を出してはくれないのでね。観念して私が直接教えることにしたんだよ」
「え?」
「口で説明するより、現物を見た方が早いだろう。さあ、私の手を取って」
 そう言って魔神は片手を差し出した。当然ながら、アミュは一層不審がって身を引いた。
「何もしないよ」
 しかしながら、その言葉に対する返事はやはりなかった。優しく宥めてみても、アミュは彼を信じない。魔神は唸った。物知らずな少女に不信感を植え付けたのがシャンセであればまだ良いが、渾神に篭絡されたのであれば彼にとっては問題である。
「慎重過ぎるのも考えものだな。本当に必要なことなのだけれど……。仕方ない。無理矢理にでも連れていくよ」
 言い終わるや否や、魔神はアミュの手首を掴んで自分の方へと引き寄せ、その小さな身体を抱き上げた。驚いたアミュの口から「きゃっ!」と短い悲鳴が漏れる。だが、魔神は彼女には意識を向けなかった。間を置かず、彼はアミュを抱えたまま勢い良く窓から外へと飛び降りた。



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