機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  07-02、地上人(2)



 これはアミュが永獄の星の館に滞在していた時の話。
 彼女の郷里に伝わる人類創造神話を聞いたシャンセは、教材を箱に仕舞いながらこう言った。
「成程、当世の地上人族にはそんな風に伝わっているのだね。天人大戦が始まる少し前、私が地上界に居た頃から大筋は変わっていない様だ。異なる部分も少しだけあったけれど」
「そう、なんですか……」
「さてアミュ、ここから話す内容は地上人族である君にとっては受け入れ難いものであるかもしれない。でも私は君に対し、悪意があってこの話をするのではないのだということを理解しておいてほしい。君が不用意に他種族に近付かない様に、地上界の外における地上人族の立ち位置を知っておいてもらわなければならないんだ」
「はい」
「ふむ、それでは話を始めよう。君達が望んだ偽史とは大きく異なる本当の人族の歴史を」
 皮肉を混じらせた口上の後にシャンセが語ったのは、次の様な話であった。
 人族が生み出されたのは今から凡そ九千年前のことだ。世界が《顕現》してから既に長い時間が経過していたが、未だに固まり切らず不安定な状態が続いていた。神も精霊も度重なる災厄に対応する為に、今より遥かに多くの仕事を熟さなければならなかった。そこで天神ポルトリテシモは新たな知的生命体を創り出して彼等の仕事を手伝わせ、慢性的な過労状態を解消しようと考えたのである。
 まず、彼は智神ステラスフィアの協力を得て最初の人族であるルシルトスを創る。ルシルトスは試作品であったが、当時の神族の王であった光神プロトリシカは、新しく珍しいその被造物に強い興味を示し、天神と同じく我が子の様に育んできた他の正神にも人族を創るよう命じた。また、時代は下るが闇神ウリスルドマに従う数柱の神々も、正神達に倣って自らに奉仕する人族を創ったのだという。
「人族を創造した際、殆どの神が自らに近い姿を与えたのだけれど、地神オルデリヒドだけはやや違った設計理念を持っていたんだ。《地》が《鉱》――道具に加工されることの多い鉱物資源の本質たる《元素》を内包する為か、あの方は技術者気質でね。見た目より機能重視という拘りがあった。だから、地人族は本当に器用で頭も良くて種族によっては運動能力が桁外れに優秀だったりするのだけど、人族の標準的な容姿とは掛け離れていたんだ。手に載せられる程小さかったり、逆に建物よりも大きかったり、手が異常に発達していたり、獣と融合した様な姿だったりね。そして困ったことに、奇異な外見を持つ彼等に対して心無い言葉をぶつける者は少なくなかった。特に当時は全世界の主であった光神が、《元素》の性質が原因で美しいものを好み醜いものを疎んじる傾向にあったからね。まあ、そんな方でも表面上は認めざるを得ないくらいに彼等の能力は他の追随を許さなかったのだけれど。当時の世論がそういう感じだったんだ」
「そんな……」
「地神も今の君と同じ気持ちだったのだろうね。秘密裏に見た目を他の人族に寄せた地人族の研究を行っていたんだ。でもね、その種族は長らく日の目を見ることはなかった。失敗したから。彼等は他の人族と大差ない容姿を持つ代わりにあらゆる能力が極端に低く、地神は表に出すのも恥ずかしいと思ってしまったんだ」
 憐憫の情を湛えた目でシャンセは窓の外を見る。彼の視線の先には暗闇以外に何もなかった。
「彼等は種族名すら与えられなかった。手酷く失敗して心が折れてしまったのか、それ以降地神は同じ設計方針の地人族は創らなかった。だが、失敗作でも我が子は我が子。多少の愛着はあったのだろうね。地神は彼等を処分しなかった。しかし先程も言った通り、他の者には絶対に見られたくない、と。じゃあどうしたかと言うと、地界の奥深くにあった地神しか知らない洞の一つを脆弱な彼等でも生きられる様に整備し、彼等の住処として宛がったんだよ。否、『閉じ込めた』と言った方が正確か。出入りを禁じて存在すら隠したんだ」
 失敗作の地人族の存在が明るみに出たのは、生み出されてから数百年の歳月が経過した頃だった。好奇心旺盛な上に自分達の境遇に不満を抱いていた彼等の内の一人が、苦難の末に他種族の集落まで辿り着き、そこで事件を起こしたのだ。生まれて初めて異形の精霊を見た彼は、恐怖と嫌悪に駆られて相手に危害を加えようとした。幸か不幸か、狼藉者は難なく返り討ちにされたが、問題は被害者の精霊が《地》の種族ではなかったことである。口止めは叶わず、噂は一気に他界まで広がった。
 恥を掻かされた地神は、彼等を更生させようと躍起になる。彼は暫定的に「名付ける価値もない種族」或いは「地人族の仲間とするには相応しくない種族」という意味を込めた「無名人族」という呼び名をその種族に与え、今度は他の地人族の下に付けて仕事を手伝わせた。だが、これも上手くはいかなかった。功名心が強過ぎる彼等は失敗を重ねて自尊心を傷付けられる度に歪み、やがては自分の成長を諦めて、他者を騙し貶め陥れて伸し上がろうという思考に至る。それは後に大きな悲劇を生むこととなった。
「その事件は神戦が終わり天帝ポルトリテシモの治世となって間もない頃に起こった。当時、地上界には『大地人族』と呼ばれる巨大な肉体を持つ種族が暮らしていてね。彼等の全てがその逞しい肉体に見合った力持ちで、数多くの偉業を成し遂げた英雄の種族でもあったのだけど、地界の都に住むことは出来なかった。原因は長所でもある彼等の体格だ。何せ大きい方だと山すら越える身長の者もいたからね。地界の洞窟は彼等には窮屈過ぎたんだ。多分、後先考えず思い付いた勢いだけで創ったのだろうね。本当に良くないことだよ。一応、地神も『申し訳ない』とは言っていたそうだけども」
 形の良いシャンセの口から溜息が漏れる。アミュも眉を寄せた。単語も内容も、幼い彼女には理解出来ない領域へと差し掛かっていたが、地神が多くの者にとって理不尽な存在であることは感じ取れた。
「ともあれ、英雄達はその貢献度にも拘わらず地界の辺境である地上界で暮らすことを余儀なくされていた。でも、流石に彼等の境遇については地神以外の神々や眷族も気にしていて、地上界には多くの恩恵が齎された。地神とは不仲であった天帝の眷族でさえ、彼等には善意の贈り物をしていたよ。けれど、無名人族だけは違った」
 シャンセの眉間に微かに皺が寄る。短い沈黙があったが、彼は再び口を開いた。
「無名人族の名無しの長は、自分達より醜い姿をした大地人族を見下していた。神々の王である天帝の領地に最も近く、且つ広大で豊穣な土地が彼等に与えられたのは、不条理なことだと思っていた。だから、彼等よりも自分達の方が有能であることを証明しようとしたんだ。まず、無名人達は地面の裏側に細工を施して陥没させ、大勢の大地人を死傷させた。その後に、あろうことか自らの行いを功績と喧伝し、地神に地上界への移住を地神に請願する。当然地神は彼等の暴挙に怒り、首謀者である長の一族と事件の実行犯を処刑したのだけれど、天帝はここぞとばかりに過去の大地人族への扱いも挙げ連ねて彼の神を公然と責め立ててね。結果、大地人族は天界へ移住することとなった。天帝の傘下へ入ったということだ。今では『天界と全ての《光》側世界の守護者』と称えられる立場だ。まあ、相応しい待遇だけどね。一方で――」
 唐突に二人の視線がぶつかり合った。相手の黒い眼の中に自分の姿を見たアミュは反射的に何かを言い掛けたが、自分が何を言わんとしているのかが分からず口を閉じた。
「無名人族は空になった地上界へと放逐された。勿論、ご褒美ではないよ。英雄を欠いた地に恩恵を与える理由はない。地上界は瞬く間に衰退していった。彼等が望んだ世界は永遠に彼等の手には入らなくなった訳だ。やがて、彼等は『地上人族』と呼ばれるようになる。――これが、正しい地上人族の歴史だ」
「……」
 アミュは俯き黙り込んだ。饒舌だったシャンセはそこで漸く自分の失言に気付く。だが、事実を包み隠さず伝えたことへの謝罪は行わず、相手を気遣う態度だけを見せた。
「ご免ね。疲れたね。今日の講義はここまでにしようか。食事の用意をしてくるよ」
「有難うございました……」
 先程言い掛けて止めた言葉がどういった性質のものあったか、分かった気がした。世話を受ける身分であるから後ろめたいとも思ったが、アミュはこの話をしたシャンセに底意地の悪さを感じ取り、身の振り方に悩まされた。



2023.12.02 一部文言を修正
2023.11.27 一部文言を修正
2023.11.26 誤字、一部文言を修正

前話へ 次話へ

楽園神典 小説Top へ戻る