機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  06-03、白い影(3)



 問題の〈祭具〉は容易に持ち運び出来る大きさや重さではないらしく、ナルテロは保管場所まで連れて行く為にシャンセのみを天幕から出した。マティアヌスとキロネは天幕に残したままだ。シャンセに対する人質のつもりなのだろう。お互いに何時でも相手を切り捨てられる程度の関係だというのに。
 ともあれ、ナルテロは集落の中でも比較的頑丈そうな煉瓦造りの建物へとシャンセを導いた。建物の内部には地下へと続く隠し通路があり、地下部分は地上部分よりも部屋数が多い様に見受けられた。この施設は地下部分が本体で、上に建ている建物はそれを誤魔化す為の物なのかもしれない。
 地下を最奥まで進むと〈祭具〉置き場となっている部屋があった。目的の品もそこに保管されていた。埃を被らないよう、布が被せられている。ナルテロは従者に命じてその布を取らせた。
〈祭具〉の全容が明らかになると、シャンセはまずは少し離れた場所からそれを眺めた。大きさはシャンセの身長よりもやや高いくらいで、形状は姿見に似ている。次に近くへ寄って、解析用〈祭具〉を用いず肉眼で具に観察する。そして、第一印象を述べた。
「〈関門〉に似ていますね。あれよりは大分小さいですが。この大きさだと〈封印門〉に見えなくもないか」
「そう、なのですか」
 ナルテロは己の無知を恥じた。
《顕現》世界間の移動を補助する〈関門〉は、渾神の影響力を排除するだけでなく戦術的にも非常に有効だ。故に、《光》側《闇》側両勢力で製造と設置を制限されていた。また、通路の出入口となる二つの《顕現》世界の主神の承認を得た上で関所を設けて文官や兵を置き、その施設の中に設置される決まりとなっていた。火界において関所を守っているのは中央の役人――つまりは殆どが焼物の種族と火精である。無位無官で、尚且つ焼物の種族を敬遠している鍛冶の種族の中には関所内へと踏み入った者は誰もおらず、〈関門〉も見たことがなかったのだ。
 よってこの時、自分が恥を掻く原因を作った焼物の種族をナルテロは大いに憎んだ。シャンセにもそんな心情は伝わったが、構ってはいられないという感想を抱き、気遣うことなく次の作業に移る。
「ふむ、流石に製作者の銘は無いか……。解析用の〈祭具〉を取り付けさせて頂きますよ」
「お願いします」
 ナルテロの言葉に首肯で返答し、シャンセは懐から収納用〈祭具〉を取り出した。


 それから半刻が調査の為に当てられた。解析結果が表示された画面を覗き込む者もいたが、シャンセ以外は誰一人として内容を正しく理解出来ず、改めて自分達の適性は戦士か鍛冶関連の技術者であるのだという自覚が鍛冶の種族の中に湧いていた。また、族長であるナルテロは文官の必要性を再認識した。シャンセから何か学び取れるものがあれば、と彼の一挙一動を隈なく観察する。
 ところが、シャンセは突如作業の手を留め、眉間に皺を寄せた。暫く眼前の〈祭具〉睨み付けていたが、腕を組み小さな唸り声を上げる。雲行きが怪しい。そう思ったナルテロは、不安気に尋ねた。
「どうですか?」
 すると、シャンセは明らかに戸惑っている様子を見せた。
「これは……〈祭具〉なのか? 確かに白天人族の〈術〉に似た構成も一部に見受けられますが……」
「申し訳ない。どういうことなのか……」
「分かり易く言うと、この〈祭具〉らしき物には〈神術〉を搭載しようとした形跡があるのです。〈関門〉も理論を生み出したのは神族ですが、製造は空間系の〈術〉を使用可能な眷族達が行っています。神族が使用する〈神術〉は、仕様上〈祭具〉に組み込むことが難しいですからね。研究は誰かしら続けているのでしょうが、製造技術は未だ開発されていない筈です。恐らくは此方の〈祭具〉もそういった研究の産物の一つなのでしょう。ですが、その試みは失敗している。失敗の結果がこの瞬間移動の効果です。不安定な力だ。多用はお勧めしません。何が起こるか分かりませんので。しかし、一番の問題は『この〈祭具〉擬きを作った神が何の目的で研究を行い、且つ失敗作を流通させたのか』です。単純な好奇心からなのか、或いは――」
 ナルテロは驚きの表情を浮かべ、次にきらきらと目を輝かせた。素直に好機だと彼は思った。
「どちらの神の物か、分かりますか?」
「恐らくは《地》に纏わる神でしょう。しかし、だとしたら一部に《天》の種族の〈術〉が組み込まれているのが引っ掛かります。両者は光神様が定めた括りに従えば辛うじて同じ陣営と呼べますが、内幕は敵対関係に近い状態にありますからね。《地》の神々が敵の戦力を研究するのは理解出来るとしても、白天人族側の事情が分からない。裏切者が居るというだけならまだ良いが、何かしらの罠である可能性もある。何れにせよ、両勢力が衝突する日は近いのやもしれません」
「火界を巻き込もうという算段なのでしょうか?」
「断定はできませんが、全く可能性が無い訳ではありません。否、兎にも角にも情報が足りない。流通経路の調査は可能ですか? と言うよりも、何処からこんな危うい代物を入手されたのです?」
 不快というよりも怪訝な顔をして、シャンセはナルテロに聞いた。鍛冶の種族が天界と組んで彼を陥れようとしているという疑いは晴れつつある様に見えたが、自覚なく利用されてしまっている疑いが彼の中で広がりつつあるのをナルテロは感じた。否、後者についてはナルテロ自身も同じ考えを抱き始めていた。
「それは……それが分かれば、我々に協力して頂けますか? 正規の経路ではないのです。信頼できる相手でないと教えられません」
 正直な所、シャンセを頼りたかった。だが、彼は信用の置けない相手だ。恐らくは制御も難しいだろう。そんな相手に自軍の補給経路を明かすのは危険極まりない行為だ。例えそこに問題があったとしても、である。打ち明けるなら、せめて彼が味方となる確約が欲しい。
 シャンセも彼の葛藤を理解はしていたようだが、「申し訳ないが」と続けた。
「私が貴方がたを信用する為の情報が足りていないのですよ。外側からは非常に危険な綱渡りをしているように見えます。想定出来る最悪の事態の被害規模が余りに大き過ぎるのです」
 シャンセは鍛冶の種族ではない。身を挺してまで彼等を救う理由がない。それを要求するのは健全な協力関係ではない。ナルテロにも彼の判断が正しいことは理解出来ていた。理不尽な要求をしているのは自分達の方だと。かと言って、力尽くで言うことを聞かせようとするのは、シャンセの能力と元の立場を考えれば悪手だ。
「シャンセ殿の言い分は尤もです。しかし、今この場では返答致しかねます。時間を頂きたい」
 まず、沈黙があった。暫くして、シャンセは溜息を吐きながらも同意する。
「構いませんよ。ただし、その時間には期限があることを覚えておいて下さい」
「分かりました」
 ナルテロは、相手とは逆に安堵の息を漏らし表情を明るくした。



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