機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  06-02、白い影(2)



 同日正午過ぎ、鍛冶の種族の里ではナルテロがシャンセ達を軟禁している天幕を訪問していた。シャンセが監視役の兵士を通じて彼に要請したのだ。
 天幕の中に入るとシャンセは中央に、他の二名は部屋の隅に並んで座っていた。前回の会談時には同行者も口を挟んできたが、今回はシャンセのみが交渉を行うということなのだろう。それを身分の差に因るものと捉えるべきか、彼等の間で意見の相違があったと捉えるべきか。
「長である私を招いたということは、余程重要な話があるのでしょう。渾侍様が見つかる前に気持ちが定まったと考えて宜しいのですかな?」
 シャンセの前に座ったナルテロは、言葉程には期待を抱かずにそう尋ねた。すると、シャンセは憮然とした態度で返した。
「申し訳ないが、そういう訳ではありません。少し懸念事項があってお呼びしたのです。我々を火界へ呼び寄せた経緯について」
「ほう」
 思い掛けない言葉――しかもナルテロからすれば至極どうでも良い質問が返ってきて、彼は少々不快な気分になった。そんな話をする為に種族の長たる自分を態々呼び付けたのか、鍛冶の種族も自分も随分と見縊られたものだ、と。だが、高慢な黒天人族の元王太子はナルテロの思いを無視して話を続けた。
「まず、ナルテロ殿が私に目を付けたのは我々が前回火界を訪れた折、ということで宜しいでしょうか? その頃から我々は鍛冶の種族に監視されていたと」
「いいえ、貴方が永獄を脱出したと聞いた時から共闘できないかと思っておりましたよ。前回火界へお出でになった際にも接触を試みましたが上手く行かず、以降も行方を追わせておりました。そして漸く地上界にて足取りを掴み、此方へ招いたのです」
「私が脱獄したという情報は何処から? 貴方がたの境遇を見る限り、中央からの情報伝達は困難である様に見受けられるのですが」
「今はまだ言えませんな。味方になって頂かない限りは」
 沈黙が落ちる。ここで漸くナルテロは彼の疑問の重要性に気が付いた。恐らく彼等は鍛冶の種族が天界か、或いはそれに追従する者達と内通しているのではないかと疑っているのだ。強力な後ろ盾があるからこそ、死に体に近い状態でありながらも中央に対し反乱を起こす気になったのだと。無理もないことだとは思う。ここに至るまでにナルテロを諫めた者は少なくなかった。しかし、彼に賛同してくれる者も多くいた。思いを同じくする大勢の仲間達が支えてくれるからこそ、本来ならば実現不可能な偉業を達成可能な所まで持って来ることが出来たのだ。火界全土に張り巡らされた情報網もその賜物の一つで、だからこそ現時点では部外者に過ぎないシャンセに情報を漏らして彼等に迷惑を掛けたくはないとナルテロは考えたのだ。
「では、質問を変えましょう。我々を火界へ転移させた――恐らくは〈祭具〉でしょうが、それは何処から入手した物ですか?」
「それも言えませぬ」
「現物を見ていないので正確なところは分かりませんが、あの〈祭具〉は白天人族の手が入った物ですね。貴方がたの背後にいるのは彼等ですか?」
「何ですと?」
 胸の内を悟られぬよう、作り笑顔を張り付けていたナルテロは、思わず顔色を変えた。火界外との内通を疑われたことに憤ったからではない。思いも寄らない事実を聞かされたからである。
 シャンセはその隙を見逃さなかった。瞬時にナルテロの懐まで詰め寄った彼は、片手で相手の首を掴み、もう一方の手で傍らに置かれていた剣を弾き飛ばした。剣は音を立てながら天幕の入口付近へ転がっていく。背後に控えていた鍛冶の種族の戦士達は色めき立ち、各々の武器を抜こうとした。それをシャンセは一睨みで制した。
 ナルテロの部下達が怯んで動きを止めたのを見計らい、シャンセは視線をナルテロへと戻した。
「戦場も政の世界も知らぬ若造が。その有様で私を謀れると思ったか? 随分と侮ってくれたものだ。手持ちの武器では里を丸ごと吹き飛ばすことは難しいが、素手であってもお前の首一つ取るくらいは容易いぞ」
 怒りに満ちた低い声だ。鍛冶の種族が天界の走狗であることに確信を持っている証である。ナルテロは一層慌てた。自分の生死以前に、この誤解を解かねば大事になりかねない。
「待って下さい! そんなつもりはないのです! あの〈祭具〉、確かに白天人族の製造した物なのですか?」
「効果だけ見れば、その可能性は十分にあるな。心当たりはないと?」
「否、心当たりだけなら全く無いことも……。否、しかし、だとしたら……」
 困難しながらもナルテロは必死に頭を動かす。将来的にどうなるかは分からないが、少なくとも現時点で鍛冶の種族と白天人族に直接的な繋がりはない。問題は件の〈祭具〉の入手元だ。明らかに天界の住人の嫌いそうな風体と身熟しであったので彼等との繋がりは考えもしなかったが、もしシャンセの言う通りならば、今後ナルテロ達の活動に支障が出てくる可能性は高い。
 押し黙るナルテロの様子を窺ったシャンセは、相手の表情で彼等の無実を悟った様で、彼の首から手を放し元の場所へ戻った。それを確認した鍛冶の種族の戦士達も、怪訝な顔をしながらも武器を収めて姿勢を戻した。
 暫くして考えを纏めたナルテロは顔を上げ、シャンセに尋ねた。
「シャンセ殿、〈祭具〉の分析は可能ですか?」
「一応、私の荷物の中にその為の道具は入っておりますが」
「では、お願いしたい。白天人族の関与は我々も意図していないものです。正確な情報が欲しい」
「貴方がたを信じろと?」
「本当に知らなかったのです。ただ、入手先が白天人族と繋がっている可能性があります。それを知る為にも、どうか」
 シャンセは少し考える素振りを見せたが、ややあって――。
「分かりました。協力しましょう」
 そう返答した。上手く此方の演技に騙されてくれた、と内心でほくそ笑みながら。



2023.11.25 誤字を修正

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