機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  06-01、白い影(1)



 火界南部、黒色砂漠の西端に「黄金泉の街」と呼ばれる場所がある。嘗ては中央の官吏でもあった交易の種族の有力者が治める街だ。この男は高位神の眷族らしからぬ問題人物で、度の過ぎた不品行と欲深さを咎められて失職。地方へ流れて行ったのであった。そして彼の地に落ち着いてからは、不正な手も多分に使ったものの渡り者の身に余る程の財を成し、領主同然の影響力を待つまでになったのだから、全くの無能という訳でもなかったのだろう。だが、そんな彼の支配する土地が真っ当に運営されている筈はなく、彼の性根を写し出した様な不正の横行する無法者の都となってしまっていた。
 その黄金泉の街の一角で、商人風の衣服を纏った男が使用人と思わしき者達と共に売り物の〈祭具〉を磨いていた。砂漠が近い所為で街の中は常に砂っぽく、外に物を出しておくと直に砂塗れになってしまう。故に、商品の手入れは日課の一つとなっていた。他の場所ならばたまにしか必要とはならない面倒な作業であったが、彼等は顔色一つ変えない。この程度の労働は苦になる筈もなかった。火界においてこの街以上に彼等が拠点とするのに都合の良い場所はないのだから。
 早朝のまだ日が昇る前の時間に彼等が天幕の中で作業をしていると、外から声を潜めて呼びかける者がいた。
「ご報告を」
「うん?」
 壁を挟んではいるが、声の主は商隊の長の耳元近くに膝を突いている。内密の話らしい。長は愉快そうに口元を綻ばせた。
「鍛冶の種族の里に動きがあった様です」
「知ってる。俺も数日前から彼方の方角で強い《天》の精気を感じていたんだ。それも覚えのある感触だ。長い牢獄生活で気配の消し方を忘れちまったのかねえ」
「ご報告が遅れ、誠に申し訳御座いません」
 部下の声音が苦々しい心情を混じらせたものに変わる。だったら早く言ってくれ、と言いたげなのが伝わって来る。彼の主はくつくつと笑声を漏らした。
「此方に来るかな、あの坊やは」
「如何致しましょう?」
「里の監視は継続。後は親父殿にも報告を。と言っても、今はそれどころじゃないって感じだろうがな」
「何事かあったのでしょうか? 先日報告の為に城へ帰還した際には、取り次いですらもらえませんでしたが……」
 部下が不安気に言うと、長は低く唸って考える素振りを見せた。心当たりはあるのだが、不確かな話を下の者にするべきではない。故に、暫くして彼は「さあ」と返した。
「何かしら進展があったと思いたいがな。そろそろ重い腰を上げて頂きたいものだ。ともあれ、情報共有は必要だ。今度は粘れよ」
「畏まりました。行って参ります」
「ああ、行ってこい行ってこい」
 部下の気配が去った後、商隊の長は磨いていた商品を箱に仕舞い、天幕の外へ出た。空は赤味を帯びた紺色をしていたが、これは火界においては夜空の色で、日が昇るまではまだまだ時間がありそうだった。そこで漸く彼は疲労から来る溜息を吐いた。
 次の瞬間、天幕の周辺を突風が襲う。地面の砂が舞い上がり、彼へと向かって来る。だが、砂はぶつかる寸前で速度を落とし、彼の身体を優しく撫でるだけに留まった。他の者が砂の直撃を受けて悲鳴を上げる中、彼だけは冷静な様子で風上の方を向いた。
「風、か……」
 眉間に皺が寄る。
(作戦は続行するとしても、俺自身はそろそろ引き上げた方が良いのかもしれんな)
 容易く舞い上がる砂の如く、彼は身軽で思い切りの良い気質だった。決断した後、彼はその表情を何時も通りの笑顔へと戻し、背伸びをした。そして、そのままの姿勢で顔を上に向けた。
「さて、最後にお兄さん、頑張っちゃいますか!」



2024.02.12 一部文言を修正

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