機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  05-03、陶工の城(3)



 アミュ達が火界を訪れてから十日余り経った或る日、天宮内部に設けられた神族用の宿泊施設の一室にて一柱の女神が昼間から酒杯を呷っていた。火神ペレナイカである。室内は酒と煙草、噎せ返る様な香の臭いが充満しており、部屋の端で控えている侍女達は息苦しそうにしていた。
 そんな中、白天人族の文官が螺鈿細工の施された台を恭しく両手で持って入って来た。台の上には書簡が二つ載せられている。文官は入室した際に一瞬だけ息を詰まらせたが、直に持ち直して火神の前へと歩み寄り両膝を突いた。
「火神様、火精の王ワルシカ様より御書簡が届いております」
「ああ、その辺に転がしておいて。気が向いたら読むわ」
 書簡には見向きもせず、火神は空になった杯を振る。文官は困惑の表情を浮かべた。
「宜しいのですか?」
「どうせ、帰還の催促でしょ。鬱陶しい。暫くしたら塵箱に入ってるかも。所詮その程度の物よ」
「はあ、畏まりました。それから、書簡はもう一通御座いまして」
「何? 何処から?」
 火神は怪訝な顔をして文官を見る。彼が差し出した台の上には、火界から送られてきた物であろう赤みを帯びた獣皮紙の他にもう一通、真っ白な紙に透かしの模様が入った書簡が置かれていた。
「氷侍ブリガンティ・カンディアーナ様からです」
「ブリガンティ……何処かで聞いたことがある名前ね」
「ブリガンティ様は白天人族の――」
「待って。今、思い出す」
 文官が説明しようとするのを片手を上げて制した火神は、暫くしてやや長い溜息を吐いた。
「ああ、そうか。私が火侍の件で天帝に呼び出されたから……。目聡いわね。鬱陶しい」
 火神は杯の口をとんとんと指で叩き、部屋の隅で気まずそうに立っていた侍女達へ視線を送る。すると、一番端に居た侍女が慌てて傍らにある移動式の棚の上に置かれた酒瓶の一つを取り、足早に歩み寄って卓上の杯に酒を注いだ。火神は卓に肘を突いた姿勢でそれを眺めながら、面倒臭そうに文官へ命じた。
「その書簡も一緒に転がしといて良いわ。其方は一応後で読むとは思うけど」
「はあ……」
 自分達の王族が蔑ろにされた所為か、文官は不服そうな反応をしたが、胸の内を言葉で示すことはなかった。彼は酒瓶を抱えた者とは別の侍女に書簡を渡すと、退室の挨拶をして部屋から立ち去った。彼が居なくなった所で火神は扉を一瞥したが、やがて深々と溜息を吐き、酒を一息に飲み干した。そして、ごろりと床に転がった。
「んああっ、もっと伸び伸びさせて……」
 そう言って、彼女は自身の言葉を体現するかの如く思いっ切り伸びをした。



2023.11.07 誤字を修正

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