機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  03-03、野望と陰謀(3)



 同じ頃、ナルテロはこの里にしては立派な造りの建物の一室で酒を煽っていた。ふと、窓の外を見ると空が紺色に染まり掛けている。直に夜が来るのだ。
 彼にしては珍しくぼんやりと外を眺めていると、室内扉の向こう側から呼び掛ける声がした。ナルテロは傍らで空いた杯に酒を注いでいた従者に目配せをし、応対させる。室外に居る者達と僅かばかり言葉の遣り取りをした後、従者は扉を開いて訪問者を招き入れた。その者はシャンセ達を監視させていた戦士の一人であった。
「シャンセ達の様子は如何だ?」
 杯を揺らしながら、ナルテロは尋ねる。酔っている為か彼の機嫌は良かったが、監視役の戦士の顔は蒼白だ。
「申し訳ございません。〈術〉で音声を遮断されて内部の様子を伺うことは出来ませんでした。反逆者とは言え天人族の高貴な出自の方故、無理に止める訳にも行かず……」
「作戦会議か。だが、この先ずっと〈術〉を発動し続けるということはあるまい。引き続き監視を怠るな」
「はっ!」
 予想よりに反して叱責を受けなかったので、戦士はほっと胸を撫で下ろした。しかしながら、何時ナルテロの機嫌が変わるか分からない。長居を嫌った戦士は主君と彼の従者達に退室の挨拶をし、足早に部屋から離れた。
「どう出て来るでしょうか?」
 主君が発言する前に従者が尋ねた。礼を欠いた振る舞いであったが、ナルテロは気に留めない。それだけ彼と従者は気安い仲だった。焼物の種族以外の火人族は何れも落ちぶれ、今やその数は非常に少ない。そして、少数であるが故に人々は寄り添う様に暮らさざるを得ない。その結果、王と臣下という立場の差があるにも拘らず、彼等は隣人や家族の様に親密な間柄となったのだ。
 卓上にあった酒瓶を取り、自分で杯に酒を注ぎながらナルテロは思ったことを率直に述べた。
「さてな。だが、奴等がどの様に動こうと我等が取るべき行動は然程変わるまい。協力する意志を見せたなら、利用出来るだけ利用し尽くして儂が王座を得た後に天帝へ献上する。拒絶するなら、即座に天界へ突き出して婆共の不手際を火界内外に喧伝する。何、見てくれだけは若く見えても、実際にはヴリエ婆よりも年嵩の行った老体よ。御するのは容易かろう。伝承では神族に及ぶ程の強者とされているが、どうやら黒天人族の度の過ぎた虚栄心の表れ――唯の作り話であった様だな。我等に難なく捕らえられたのがその証拠」
「確かに、仰る通りで御座いましょう」
 従者は微笑む。ナルテロも声を上げて笑う。漸く運が自分に向いて来た。彼はそう確信していた。
「賢者も天界も恐るるに足らず。何れは全ての《顕現》世界を我等が主神へ献上しようぞ」
 過去に幾度同じ仕草をしたであろうか。ナルテロは、鍛冶の種族が手に入れられる物の中で最も上質な酒が注がれた杯を火神が住まう宮殿の方向へ掲げた。



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