機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  03-02、野望と陰謀(2)



 シャンセ達が案内されたのは、集落の端にある比較的大きく小綺麗な天幕だった。煉瓦造りの建物の方が宿に選ばれなかったのは、他種族に対する侮蔑の情の表れなのか、或いはその方が監視しやすいからなのか。ともあれ天幕に到着すると案内役の戦士が、男女の天幕を分けた方が良かったか、と聞いてきた。嘗ては光神プロトリシカのお手付きの侍女であったキロネと同室になるのは――今迄共に旅をしてきて何事も起こらなかったにしても――世間の目を考えると少々躊躇われたが、一番戦闘力の低い彼女を敵地で一人にするのはやはり心配である。したがって、部屋は分けずに仕切りだけ設けてほしい、とシャンセは答えた。
「何かございましたら、外に控えている者にお申し付け下さい。可能な限り対応致します」
「感謝する」
 客人の謝辞を聞くと、案内役の戦士は退室の挨拶をして天幕から出て行った。その後に扉代わりの垂布が外側から下ろされる。しかし、垂布の向こう側には人の気配がぴったりと貼り付いていた。
 暫くは室内の全員が入口の方を見ていたが、短気なキロネが真っ先にシャンセの方を向いて尋ねた。
「で、どうするのよ?」
「待て。その前に」
 シャンセは片手を上げて彼女を制し、音声を遮断する〈術〉を発動させる。ややあって外の物音が消え、室内はしんと静まり返った。
「これで盗み聞きは防げる筈だ。喋っても良いぞ」
「迂闊」
 マティアヌスがキロネを小突く。すると、彼女は子供の様に頬を膨らませた。
「悪かったわね。で、本当にどうするのよ。まさか手を貸す訳じゃないでしょうね。絶対裏切るでしょ、あれ」
「その根拠は?」
「女の勘」
 つまり、合理的な説明は出来ないということだ。聞くだけ無駄だった。男二人は、ほぼ同時に苦い顔をした。
「話にならんな。だが、裏切りについては同意だ。火界内部の出来事であればナルテロの提案も意味を持ったのかもしれないが、我々を罪人に仕立て上げたのは火神ではなく天帝だ。あの男が宣言通りに火人族の王となったとしても、天界と事を構える程の力を得る訳ではない。また、火界を犠牲にしてまで争う理由もない。王座を得た時点で私は用済みとなるのだからな」
「まあ、そうだよな」
 マティアヌスは腕を組んで俯いた。それでもシャンセは名声と技術力に利用価値がある分、まだ救いがある。問題はマティアヌスとキロネだ。ナルテロが王となるまで生かしておいてもらえるかどうか。
 シャンセは話を続ける。
「だとしても、今の時点であからさまに拒絶の姿勢を見せるのは危険だ。少なくとも彼等の戦力を把握するまでは。特に我々を火界へ移動させた手段は知っておきたい」
「〈術〉か〈祭具〉か」
「〈祭具〉だな、恐らくは。空間操作系が不得手な《火》の種族が使った〈術〉にしては、あまりに威力が強過ぎる。神気は感じなかったから神族の関与もないだろうし。だが、そうなると次は〈祭具〉の出所が問題となってくる訳だ」
〈祭具〉は〈術〉を搭載した道具である。その内包されている〈術〉が《火》の種族の物ではないということは、火界の住人以外の《顕現》世界の住人が〈祭具〉製作に関わったということだ。素直に考えれば輸入品であろうが、他界の者が彼等に武器を与えて火界の内乱に介入しようとしている可能性もある。どちらの陣営に利するつもりでいるのかは分からないが。
「空間操作系の〈術〉は、確か白天人族と《風》の種族と――」
 思い当たる種族の名をマティアヌスが挙げていく。すると、シャンセが眉を寄せて言った。
「他にも使える者はいるが、その顔触れに白天人族が含まれているのが気になる所だ」
「罠か。火界に対してか、あんたに対してかは分からないが」
「何れにしても、なるべく早くこの地を去った方が良いのは間違いない。もし火界に対しての罠だとしたら、最悪の場合、天界と火界の戦争に巻き込まれることになる」
「かと言って、嬢ちゃんを置いては行けないぞ。渾神の不興を買うのは必至だ」
 暫く口を開いていなかったキロネが、ここで漸く会話に割り込んできた。
「今更じゃないの? 私達、結構あの子に酷いことしてきた気がするけど」
「主にお前がな。また前みたいに渾神から鉄拳制裁を食らうのは避けたい所だ」
「今度は殴る蹴るだけでは済まないかもしれないがな。ともあれ『アミュの回収』が鍛冶の種族に対する時間稼ぎの最終期限となる。それまでに対策は考えておく。魔神や殺神の動向も気になるが……まずは情報収集からだな」
「了解。それにしても、ヴリエ姫が少々気の毒だな。彼女は彼女なりに火界を良くしようと必死に頑張っているつもりなんだろうに」
「それが火人族の本能であり習性だからな。しかし、『十八世代』か……」
 今度はシャンセが腕を組んで考え込んだ。他の者は言葉の意味を図りかねて一様に彼の顔を見る。
「どうした?」
 マティアヌスが尋ねると、シャンセは「信憑性に欠ける話だが」と前置きた上で語り始めた。
「私が天界に居た頃に『人族は代を重ねる毎に劣化していく』という流説があったんだよ。今どう言われているのかは知らないがね。人の誕生時に実は軽微な不具合が生じていてそれが蓄積されていくからとか、交雑が原因でその種の本来の設定が狂うとか、色々あったな。地上人族の能力が低いのも、寿命が短く世代交代が速い為なんだそうな。まあ、あれに限っては初期段階から失敗していたのだと私は考えているが」
「実際に検証した奴は居なかったのか?」
「さあ。居たのかもしれないが、少なくとも私の耳には届いていないな。ただ、ナルテロが誰の為に動いているのかと考えて、ふとその噂を思い出したんだ」
 シャンセは目を伏せて、感覚を研ぎ澄ませる。〈術〉を使用すれば火人達に察知され不審がられるであろうから、体感だけでナルテロの居場所を探る。だが、彼の気配は里に居る他の火人と殆ど変わらず、見付け出すことが出来なかった。
 里中を軽く探して諦めたシャンセは、再び目を開いた。
「私は昔、天帝から『実は人族の最初の一人は、試験作ではなく唯の手遊びで創ったものだった』という碌でもない内緒話を聞かされたことがあるのだが、恐らくはそれが唯一の例外で、以降に人族の祖となった者達は公式発表通り既存の知性体の補助役として生み出されている筈だ。故に、明言はされていないが基本的に人族の行動原理は『奉仕』若しくは『補完』に設定されていると考えられる。しかし、だ。果たしてナルテロの行動は誰に対する奉仕や補完なのだと思う?」
「うーん、強いて挙げるなら自分の治める種族に対しての奉仕か、或る意味焼物の種族に対する補完もあるのだろうが、少々我が強過ぎるような……」
「〈星読〉にはどう出ているのよ。て言うか、ぶっちゃけ反乱は成功するの?」
〈星読〉を得意とする黒天人族の元王太子を前にして、過去に散々「〈星読〉は信頼性が低い」という暴言を吐いてきておきながら、事も無げにこの様な質問をしてきたキロネに対し、シャンセはあからさまに嫌そうな顔をした。しかし、悪態を吐くことなくこう返答する。
「少なくとも向こう数百年、火界は平和だよ。尤も、ここ最近私は〈星読〉を外している――と言うより裏を掛かれて痛い目を見ているから、余り当てにはするなよ」
「否、多分今回は当たりだわ」
 珍しくあっさりとキロネはシャンセの言を認めた。何を根拠にその結論に至ったのか。また「女の勘」とか言い出したら今度こそ滅してやろうか、とシャンセはキロネを睨み付けた。
 不穏な空気を察したマティアヌスは、声を上擦らせて間に入った。
「まっ、まあ、兎も角まずは情報収集なんだな。キロネ、お前腕っぷしは頼れないんだから、あんまりうろちょろするなよ」
「むうっ。分かったわよ。大人しくしてます」
 キロネも自分の実力と現在の緊迫した状況は理解出来たので、今回ばかりは素直に従う姿勢を見せた。
 マティアヌスから送られてくる窘める様な視線で頭が冷えたシャンセは、小さく溜息を吐いて組んでいた腕を下ろし、別のことを考え始めた。今この場には居ないアミュ――否、彼女を守っている渾神についてである。
(我々にとっては災難だが、変革を好む渾神にとっては喜ばしい展開なのだろうな。要らぬ介入をしなければ良いが)
 宙を彷徨う視線は、同じ火界の地に居るであろう渾神ヴァルガヴェリーテの影を追っていた。



2024.03.09 一部文言を修正
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