機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  03-01、野望と陰謀(1)



「私はまだ生まれてすらいない時代の話ですが、最初の火人であるハイデロスは『狩猟の種族』の長――つまりは戦闘を担当していたと伝え聞いております。ハイデロスは火神様より、彼の後に生み出された始祖達と彼等が従える種族を取り纏めるよう神命を受けました。実質、彼こそが全火人族の王であった訳ですな。当時は火神様の神名の一部をお借りした『ペレナディア』という姓も、ハイデロス王の直系のみが名乗ることを許されておりました。戦神でもあられる火神様が火人族に望まれたのは、兵士としての役割であったのだと私は推察しております」
 情感を込めてナルテロは語る。ハイデロスと近い時代を生きたシャンセ達にとっては既知の内容だ。しかし、これから打ち明ける話の前提として必要と考え、ナルテロは敢えてその話をした。
「武器の製造を行っていた我々鍛冶の種族は狩猟の種族とは繋がりが深く、長の一族は王佐の役目も担っておりました。しかし、王でありながら前線に出ることを好んだハイデロス王が神戦で戦死し、戦が終わって狩猟の種族が以前ほどには必要とされなくなると、他の種族が勢力を伸ばし始めます。中でも成長が目覚ましかったのは、ヴリエの父ヴェルチェが率いていた『焼物の種族』でした」
 ナルテロは無意識に、膝の横に置いた剣を見た。鍛冶の種族にとって、自らが製作した武器は誇りであり心の支えでもある。彼の行動は抑え切れない不安定な内心の表れだった。
「焼物の種族は元々火人族の中では末席にありましたが、自らが生み出した陶磁器を用いて様々な料理や食材を開発し、やがて商業担当であった『交易の種族』と手を結んで、火界外との取引を積極的に行うようになります。また、奴等は大勢の技術者を他界へと派遣し続けました。そういった交流の中で奴等が獲得したのは人脈と技術です。戦闘の技術、鍛冶の技術、交易の技術……火人族の協定を破り、焼物の種族は全てを手に入れました。要するに、奴等は外部の手を借りて火人族の主導権を奪い取ったのですよ」
「ええ、覚えていますよ。ナルテロ殿は不服でしょうが、火界の外では『上手くやったものだ』とヴェルチェ王の手腕を称える声も上がっていました。貴方がたの主神である火神様も彼をお認めになり、火人族の王となることを許された」
「そのやり方は卑怯と言うのだ! 火人本来の性質ではない!」
 世間一般の評価とほぼ同じシャンセの言葉をナルテロは声を荒げて否定した。だが、言い終わった後ではっと目を見開き、ややあって決まりが悪そうに謝罪した。
「失礼、取り乱しました。話を続けます。火神様がヴェルチェに騙されて奴に王位をお与えになってから、他の種族は徐々に火界の中央から締め出されて行きました。嘗ては王族として称えられたハイデロスの一族でさえもです。それはヴェルチェが病死し、娘のヴリエが後を継いでからも変わりませんでした。我等鍛冶の種族が追いやられた辺境の地は《火》の種族にとっても過酷な環境でした。この地では、人族は長く生き続けることが出来ません。長の世代交代が早いのもその為です。それでも、我々は辛うじて現在まで子孫を絶やすことなく過ごしてきました」
「だから反逆を、と?」
「ええ。当然、我々は何時までも大人しくこの状況を受け入れ続けるつもりはありません」
「他の種族は何と? 『ペレナディア』の姓を名乗られたということは、鍛冶の種族が火人族を主導するということでしょう。狩猟の種族は何も言わなかったのですか?」
「彼方への弾圧は、鍛冶の種族の比ではありませんでした。最早虫の息なのですよ。使いは出しましたが、全て此方に任せるという返答でした。他の種族も我等の計画に前向きに協力してくれています。有難いことです」
 ナルテロの説明を聞いたシャンセは、口元に手を当てて俯いた。他の種族は敗戦した際の責任を鍛冶の種族に押し付けようとしているのでは、と考えたのだ。勝ったら勝ったで結果が出た後に擦り寄れば良い。そう考えると現在同盟関係にある種族が、どの程度当てになるかは怪しい所であった。
 思案した後、シャンセは別の質問を行った。今迄の話を聞いていて引っ掛かった部分だ。
「先程私の手を借りたいと仰ったが、知っての通り私は天人族。つまり外部の人間です。貴方がたの忌み嫌う焼物の種族と同じ手法を使う事になりますよ」
「毒を以て毒を制すということです。ああ否、流石にこの言い方はシャンセ殿に失礼ですな。謝罪致します。正直な所、手段を選んでいる余裕がないのです。また、火神様は火人族を大層厭われるようになったと聞き及んでおります。それが証拠に長らく火侍が火人族から選定されておらぬでしょう。全ては王の資質を持たないヴリエの過失。手段を選び時間を掛けて奴に猶予を与えるべきではないとも思うておるのです」
「それは……」
 矛盾した回答だ。火神がヴリエの手法を嫌っているなら、当然同じ手法で伸し上がったナルテロのことも忌避する筈だ。にも拘らず、彼は自分だけは大丈夫だと信じ切っている。どうやら立身出世に目が眩み、冷静な判断が出来ていない様だ。
「私が王位を得た暁には、貴方が黒天人族の王族に復帰できるよう尽力致します。悪い条件ではないとは思うのですが」
「その交換条件が実際に守られるかどうかという疑いもあるが……ふむ」
 鍛冶の種族に味方するか否かの結論は既にシャンセの中では出ていたが、今この場でどういう言葉を返すのが安全かについては悩んでいた。だが、暫くして彼は口上を定める。
「ナルテロ殿の許まで話が伝わっているかは分かりませんが、私は現在渾侍と行動を共にしています。つまりは渾神の管理下にあるということです。貴方がたと協力するにしても、彼の女神との交渉が必要となるでしょう。ですが、火界へ来た際に渾侍は行方知れずとなってしまいました。当然、渾神は彼女を追った筈です。故に、申し訳ないがナルテロ殿の要請に対し即答は致しかねます」
 邪神とは言え火神よりも高位にある神を出されては、ナルテロも引き下がるしかないかった。人間同士の問題ならば自身の努力で切り抜けれられると彼は確信しているが、神が関与してくるならば少なくとも今の彼の実力では状況を制御し切ることは不可能だろう。既に手遅れかもしれないが、なるべく刺激しない方が良い。
「渾侍の件については報告を受けております。成程、そういう事情であるならば仕方がない。承知しました。返答は後日ということに。ですが、渾侍が見付かるまでシャンセ殿にはこの里に留まって頂きます。宜しいですね」
「ええ」
「シャンセ殿」
 より真剣な眼差しでナルテロはシャンセの目を見詰めた。敵意はないが、注意を逸らすことを許さないという意志が感じられる。
「我々は誠意の証として貴方がたの武器を取り上げません。その点も是非考慮していて頂きたい」
「逃げても良いと?」
「火界全土を敵に回したいので? 大人しくして頂ければ、返答がどうあれ渾侍が合流するまで我々は貴方がたに危害を加えるつもりはありませんよ」
 シャンセは黙り込んだ。次の発言内容を考えている様な態度であったが、ナルテロは彼に喋らせなかった。
「一先ず、貴方がたの仮の住まいへ案内させましょう」
 ナルテロは背後に座って居た側近へと視線を送った。すると側近は立ち上がって天幕の入口へ向かい、外で控えていた護衛に指示を出す。それを確認したナルテロはシャンセ達に外へ出るよう促し、自らもまた後に続いた。
(結局、私達を無理矢理里へ連れて来たことについての謝罪は無かったな。嘗められたものだ)
 天幕の入口を潜りながら、シャンセはその様なことを考えて眉を寄せた。



2023.11.03 一部文言を修正

2023.08.05 サブタイトルを変更

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