機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  02-02、火の川(2)



 アミュが渾神と再会を果たした火の川と同じ地域にある集落に、三人の異種族の来訪者が遣って来た。「遣って来た」とは言っても、彼等は自発的にこの場所を訪れた訳ではない。この集落の者達に連行されてきたのだ。
「ここ、何処お……」
 光精キロネは精神的にも肉体的にも疲れ果て、悲嘆の感情が混じった声を漏らす。しかしながら、彼女の問いに答える者は誰も居ない。旅の仲間でさえもだ。黒天人族の元王太子シャンセ・ローウェン・ヌッツィーリナと光精マティアヌスは周囲を隈なく観察し、情報収集に努めていた。
 周囲には煉瓦造りの建物と天幕が立ち並んでいた。彼等の記憶の中にある火界の都と比較すれば、建物の様式は古く造りは荒い。炎を模った伝統的な文様は描かれていたものの、それ以外の非実用的な装飾は殆ど見られなかった。また、所々壊れ掛かっている箇所があったが、充分な補修は成されていなかった。戦士の武装や一般住民の身形も似たようなもので、人口密度が高い割に活気がない。総じて見窄らしい印象を受ける集落であった。
(山の形状や配置から推測するに火界の西端、否、南西側か。この辺りで暮らしているのは確か――)
「此方でお待ち下さい。長を呼んで参ります」
 彼等を連行した部隊の隊長らしき男の言葉が、シャンセの思考を止めた。男は部下に天幕の入口を開かせ、片腕を内部へと向けている。天幕に焚き染められた香の匂いが、一同の鼻を擽った。辺境の貧しい集落であっても、香との結び付きが強い《火》の種族の風習は健在らしい。
「『長』?」
 シャンセも同じことを思ったが、声に出したのはマティアヌスが先だった。彼の問いに対し返事はなく、戦士達はしつこく中へ入るよう促す。その態度に思う所はあったが、苛立った相手が手持ちの武器を鳴らし始めたので、仕方なくシャンセ達は天幕の狭い入口を潜り抜けた。
 三人共中へ入り終えると、入口の垂布が下ろされる。天幕の内部にはシャンセ達以外誰も入って来ず、代わりに入口付近に数名の気配が感じられた。十中八九見張り役である。シャンセは少し思案した後、地面に敷かれている毛織物の上に座った。そして彼の後に続いて座ったマティアヌスに顔を近付け、声を潜めて先程の問いに対する自分の見解を述べた。
「恐らくヴリエ女王のことではない。ここは恐らく少数種族の里だ」
「あら、火人族って単一種族じゃなかった?」
「違うぞ。何を言っているんだ」
 シャンセ以外の者も同じく小声で語り合う。普段は緊張感に乏しいキロネでさえも、危ない状況であることは理解出来ている様子だった。マティアヌスは言葉の選択に悩みながらもキロネへ説明した。
「火神様は、火人族に対して余り興味がお有りではない様でな。他の正神と同じく性質の異なる数名の始祖をお創りになったものの、個別の種族名はお与えにならず、統治を一人の王に任せてしまわれたんだよ。だが、そのやり方は一般的ではない。内外問わず問題は多く出てくる。仕方なく火人達は自分で種族名を付けて区分することにした訳だ。仮称だから公では名乗れないし、名付けの法則も正式な物とは異なるがな。種族の長も『王』ではなく『長』か『族長』と呼ぶ」
 マティアヌスは憐れみの視線を天幕の外で控えている戦士達へと向けた。そういった境遇であっても、彼は火人の口から火神を恨む声を聞いたことがない。歪であると彼は感じた。
 顔を再びキロネの方へと戻し、マティアヌスは話を続ける。
「それで、だ。各種族には各々得意とする技能があってだな。その得意分野を基準に、鍛冶担当の種族、狩猟担当の種族、商売担当の種族といった風に役割分担を行っているんだ。種族名は夫々の担当分野に因んで付けられている。今、火人族全体を仕切っているヴリエ女王は確か『焼物の種族』――つまりは容器の製造とそれに関連して竈の扱いを得意とする種族の出身だった筈だ」
「そう、だった、かしら?」
「やっぱり忘れてたんだな。加齢って怖いなあ」
 軽蔑の眼差しを向けるマティアヌスに対し、キロネは声を潜めたまま癇癪を起こした時の口調で返した。
「初めから知らなかったの! 興味も関係もなかったから! 永獄送りになる前は、ずっと光宮で侍女をしてたのよ。仕方ないじゃない!」
「そんな言い訳が通るか。侍女でも光宮勤めなら必須の知識だろうが。百歩譲ってお前の主張を認めたとしても、投獄中は一体何をやってたんだよ。時々放り込まれる新参から情報収集だって出来ただろう。お前は単に怠惰なだけだ」
「むっきーっ! 腹立つー!」
「お前、外に出てから日に日に幼児に近付いていってないか?」
 高慢なキロネは自分の非を認めることが出来ない。真っ当な指摘にも納得がいかず、彼女はきーきーと騒ぎ始める。それを見て、マティアヌスは思わず冷や汗を掻いた。ここが敵地で自分達は拘束されているのだということを彼女はすっかり忘れてしまっているらしい。いっそのこと口を塞いでしまおうかと思った所で、シャンセが割り込んできた。
「まあ、そう強く責めなよ、マティアヌス。キロネが可哀想じゃないか」
「シャンセ?」
 マティアヌスは唖然とした。先程まで騒いでいたキロネも同じ顔をして押し黙る。普段のシャンセなら、キロネに対して否定的な感想を抱く筈である。特に緊急時には実質頭分である彼に一番負担が掛かるのだから。故に二人は今の状況を憂慮した。
「珍しいじゃない、貴方が私を庇うなんて。一体どういった風の吹き回しかしら?」
「どうして? 私は当たり前のことを言ったまでだよ。悲しいかなあらゆる存在には《理》によって定められた能力の限界というものが存在する。マティアヌスよ、キロネの目を見るが良い。あの目に知性が宿っているように見えるか? 見えないだろう。だが、是非もなし。キロネの無知蒙昧はあれが《顕現》世界に誕生する以前から決まっていたこと、どうやっても動かしようのないものなのだ。断じてキロネの罪ではない。故に、これ以上あの哀れな者を咎めるな」
「あんたの方が酷いわ!」
 キロネは叫んだ。聞いたことを後悔した。やはり、シャンセは不愉快に思っていたのだ。その心情を率直に表さず皮肉をぶつけられたことが、余計に彼女の癇に障った。
 そんな彼女の感情を無視して、シャンセは突如視線を天幕の入口へと向ける。
「さて、そろそろ静かにした方が良い。お待ちかねの相手は既に来ているぞ」
 彼が言い終わってから数拍置いて、光精達は漸く彼の言葉の意味と行動の理由に気付く。そして、二人同時に入口を見た。すると、外から中年とも老人とも感じられる含み笑いの声が聞こえ、入口に取り付けられた垂布が巻き上げられた。入口の向こうから姿を現したのは、赤銅色の髪と髭を生やし、筋肉質な肉体を簡素な鎧と布で覆った中年男性であった。先程の声の雰囲気と見た目が一致している。彼こそがあの声の主であったのだろう。また、背後には従者らしき男が数名立っているのが窺えた。
「やれやれ、気付かれておりましたか。流石は御伽噺にさえ名を残す大賢者だ」
 赤銅髪の男はにこやかな顔付きで天幕の中へ入り、シャンセ達から少し離れた場所に腰を下ろして胡坐を組んだ。
「シャンセ・ローウェン・ヌッツィーリナ殿、お初にお目に掛かります。私は鍛冶の種族の長ナルテロ・ベル・ペレナディアと申す者。以後、お見知りおきを」
「『鍛冶の種族』……。確かに、私が天界に居た頃に族長を勤めておられたニンデ殿の面影があるように見受けられますが……。あの方はどうされたのです?」
「ニンデは初代の長ですよ。当の昔に冥界へと旅立っております。私は彼のずっと先の子孫に当たります。成程、シャンセ殿は黒天人族の二世代目と伝え聞いておりましたが、祖先と面識がお有りになったとは」
 ナルテロは膝を打って大笑いした。直情的な振る舞いと年季の入った戦士に相応しい体躯とが相まって「豪快」という印象を与える男であった。
「『祖先』? 失礼、ナルテロ殿は何世代目でいらっしゃる?」
 シャンセが訝しみながら尋ねると、ナルテロはやはり面白い物を見る様な態度で、こう答えた。
「我が祖ニンデから数えて十八世代目、族長としては十六代目となります」
「『十八』!?」
「それはちょっと、王族にしては聊か代替わりが早すぎやしませんかね? 平民ならまだしも……」
 シャンセは彼らしからぬ声を上げ、マティアヌスも思わず口を挟んだ。
 創造に失敗し短命種族となってしまった地上人族は例外だが、一般的な人族というものは長寿である。特に種族の長に据えられるような力のある一族はほぼ不老であり、事件事故に巻き込まれない限りは死ぬことがない。必然的に子を成す頻度も緩やかとなる。戦時中でもない限り、急いで増やす必要がないからだ。だからこそ、「十八」という数字は異様であった。
「そう、それについての話もせねばならぬのですが……シャンセ殿、まずは単刀直入に此方の要望を申し上げます。貴殿の〈祭具〉作りの力を我々にお貸し頂きたい。偽王ヴリエから全ての火人族と火神様を解放し、火界を正常化させる為に」
 ナルテロは敷物に拳を突き、癖の強い毛髪に覆われた頭を下げた。背後に控えていた従者二人も、主人に倣って頭を下げる。向かい側に座るシャンセ達は、掛ける言葉を思い付かないまま彼等の頭をただ見詰めた。
(これは――)
(予想通りに芳しくない事態だな)
 今後の方針を問わんとするマティアヌスの視線を感じながら、シャンセは小さな声で唸った。



2023.07.29 誤字、一部文言を修正

2023.07.28 誤字を修正

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