機械仕掛けの神の国

◆ 第二章 埋没都市 ◆


  02、旅路



 所変わって、聖都サンデルカより遥か南西の田舎道。土埃の混じった風に煽られながら、一台の荷馬車が少々緩やかな速度で進んでいた。
 荷馬車には御者の男が一人と数人の男女が乗っていたが、不意にその内の一人が不満気に声を上げた。
「で、これからどうするつもり? 私達は何処へ向かっているのかしら?」
 光精キロネである。
 聖都を旅立ってから、何度同じ質問をしたか分からない。だが、その問いに対し彼等の主導者的立場であるシャンセから明確な返答を得られたことはなかった。彼は何時も直近の行き先を告げるだけで、その行き先も一貫性がない。どうも本来の目的地へ行く前に何度も迂回しているようだった。
 恐らくは神々やその眷族達による盗聴や追跡を恐れたのだろう。聖都サンデルカは神族との繋がりが強い街であったようだから。
 しかし、既に聖都から大分離れた場所まで至っている。地上界が地界の一部である以上はどうしても地神の目からは逃れられないが、そもそもあの神は完全な敵方とは言い難い。故に、そろそろ真実を話してくれても良いのではないか、とキロネだけではなく他の二人も思っていたところだった。
 シャンセも「そろそろ、頃合いか」と呟いて、キロネの方を向いた。
「まず、『どうするつもり』――今後の方針から。分かっているだろうが、このまま天界から逃げ続けても、十分な戦力を持たない我々が抵抗虚しく捕縛されるのは火を見るより明らか……否、追っ手に魔神が加わったことで更に不味い結末が待ち構えているかもしれない」
「まあ、そうよね」
「逆に言えば、戦力さえ整えれば何とかなる可能性はある」
「確証ではなく『可能性』って所に一抹の不安を覚えるわね……」
 キロネは渋い顔をして、シャンセの傍らにある鞄を見た。今迄意識すらしていなかったその鞄の中には、多数の〈祭具〉が詰まっているのだということをつい最近聞かされて、大層驚いたものだった。
「戦力だけじゃなく陣地も必要だ。戦力を蓄える為の」
「ああ、なるほど! つまり私達は今までその陣地探しの旅をしてきた訳ね」
「違う。だから、この間話しただろう。旅の目的は〈祭具〉探しだと」
「ええ……」
 シャンセは深々と溜息を吐いた。呆れ返ったという様子だ。
「陣地については幾つか当てはあるが、まだ先の話だよ。あちらとの交渉にも時間が掛かるだろうし、多分何かしらの土産物も必要になる。……今は、特に過去の大戦前後に行方不明になったとされる幾つかの対神族級の〈祭具〉を探している」
「だが結局見つからなかった、か? 今迄回収してきた〈祭具〉はどう見ても対神族級とまではいかないだろう」
 御者のマティアヌスが口を挟む。キロネよりも以前に事情を察していた彼が、ずっと気にしていたことだ。
 シャンセが投獄された後、何時頃からかは分からないが対神族級の〈祭具〉は製造禁止になったようだ。だから、彼が探しているのは法の目を掻い潜って作られた密造品か、或いは禁止になる以前に製造され何らかの事情で天界の目を逃れて回収や破壊が成されなかった物だ。
 そんな代物が存在する可能性は未知数だが、皆無ではない筈だ。そう願い、彼等は旅をしてきた訳だが――。
「今迄の物はな」
「今度は確証があると?」
「この地上界に存在すると推測される〈祭具〉は、天人大戦前後の時期、或いはそれ以降に齎された物だ。場所は三箇所。一つ目は地神の支配下にあった聖都サンデルカだったが、見つかったのは偽〈大祭剣〉のみ。探せば他にもあるのかもしれないが、神々の注目を集めた彼の地にこれ以上留まるのは得策ではないだろう。二つ目はバルタカ村――私が永獄送りになる原因となった娘の暮らしていた村だ。私はそこに幾つかの〈祭具〉を隠した。天界に抗う為に……」
「貴方ね……」
 だったら真っ先にそこへ迎え、とシャンセ以外の三人は思った。その気配を察したシャンセは、「私と縁のある場所だから、真っ先に天界の手が入っている可能性が高い」と苦笑しながら弁明した。
「因みに、聖都サンデルカから最も近いのは三つ目の方だ。今向かっているのは、天人大戦終結の数年後に天人族の王女達に弄ばれ破滅した地上界の都市国家――」
 先程迄にこやかに笑っていたシャンセの表情が、すっと冷たいものへと変わる。
「埋没都市『カンブランタ』だ」
 沈黙が落ちる。ただ、馬車の車輪の音や車体の軋む音、馬の息遣いだけが響いた。
 そこで、今迄シャンセ達の会話を半分も理解できないまま黙って聞いていたアミュが、漸く口を開いた。
「カンブランタ……カンブランタ教の、始まりの国」
 地上界で生まれ育ったアミュが、子供の頃から御伽話として耳にしたことのある「悪徳の国」の名であった。


   ◇◇◇


「ああ、そんなこともあったわね」
 遠く離れた場所から〈神術〉を用いてシャンセ達の様子を窺っていた渾神ヴァルガヴェリーテは、思い出深そうに呟いた。
 地上人族は他の種族との関りが殆どない。故に他種族への影響力も乏しく、渾神も進んで彼等に手を出そうとはしない。だから、カンブランタの滅亡時にも彼女は一切関与しなかった。関与はしなかったが、一応経過は見守っていた。
 そして国が滅んだ後まで見て、その結末に失望した。
 あの事件は、確かに後の世にそれなりの変化を齎しはした。最終的には収まるところに収まった。しかし、同時に失われたものがその報酬に釣り合わないぐらい大きかった。
 変革の神を自称する立場として、例え犠牲が大きくても後世にとって好ましい変化が起こったならば、渾神は素直に称賛しただろう。だが、あれは違う。恐らくは大都市カンブランタが健全な国のまま残っていた方が、周辺国にとっても文化的、経済的に良い影響を与えたに違いない。
 後になって、やはり自分が手を出しておけば良かったと渾神は深く後悔したものだった。
(そう言えば、神託の巫女ミリトガリに使用されたあの〈術〉……)
 聖都サンデルカから天帝達が引き上げた後、渾神はこっそり聖都へと戻り、ミリトガリに掛けられていた〈術〉について調査した。その結果、術者はカンブランタ教徒――つまりは地上人族であることが判明した。
 カンブランタ教の潜伏先を襲撃し、軽く尋問してみたが、彼等は渾神が人外の種族であることを悟ると全員が自害し絶えた。彼等の庇護者――彼等が言う所の「神」であるが――を庇っての行動らしい。恐るべき信仰心である。
(カンブランタ教について、少し調べてみた方が良いのかしら。誰がどんな目的で彼等に助力しているのかは……まあ大体予測がつくのだけれど、まさかあそこまでの力を与えているとはね)
 そこで突然、渾神は勢いよく振り返った。視線の先には誰もいない。
 だが、彼女は問い掛ける。
「誰、そこにいるのは?」
 暫く間があって、誰もいない筈の空間から声がした。
「私です、渾神ヴァルガヴェリーテ。いいえ、『塊神』ヴァルガヴェリーテ」
 景色が歪む。襤褸布の様にばらばらと解けていく。その向こうに現れたのは――。
「貴女……!」
 渾神は他の誰にも見せたことのない、憎悪の顔をした。力の弱い者ならば、眼光だけで命を失ったかもしれない。
 しかしながら、相手は涼し気な表情で彼女を見返す。その目の光にはやや侮蔑の色が混じっていた。
 純白の長髪、色素の薄い肌、装飾の少ない白色の衣。どこか蚕の成虫を思わせる女性は、凛とした態度で渾神と対峙した。



2023.06.25 一部文言を修正

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