機械仕掛けの神の国

◆ 第二章 埋没都市 ◆


  01、思い出



 これは過去の記憶だ。
「ああ、そうだわ。貴方の名前は何と言うのかしら?」
 十代半ばの、非常に恵まれた環境で生まれ育ったその娘は、目の前に居る如何にも物乞いという身形の男にそう問いかけた。
「何故、それを問う。つい先日出会ったばかりの、そして今後会うこともないであろう者の名など」
 尤もな疑問だ。余りにも立場が違い過ぎる。
 そもそも彼女のような身分の女性は、殆ど自分の屋敷から外に出ないのがこの国の常識だ。ましてや、この男のような身分の者と言葉を交わすなど、以ての外だというのに。
「うーん、それもそうね。じゃあ、名前を聞くのは今度会った時にしましょう。一度二度は只の偶然かもしれないけれど三度目があるなら、それはきっと私達が縁の糸で結ばれているということなのだから」
 どうやら、次があるかもしれないらしい。男は呆れた。
「それはこの国の宗教か?」
「そういう訳じゃないけど……」
 娘は口籠る。浅はかな彼女は、漸く男に煙たがられていることに気が付いたのだ。
 だが、相手は大人だった。深い溜息を吐いた後、男は幼い彼女の要望にきちんと応えてくれた。
「私の名は『――』だ」
「え?」
「私達はまたここで会う。これは確定事項だ」
「貴方……」
 娘は驚いたような表情を浮かべたが、やがてほっと胸を撫で下ろした。煙たがられてはいるかもしれないが、強く拒絶される程嫌われている訳でもないらしい。
 故に、娘は花が綻ぶ様な笑顔でこう返した。
「ええ、また会いましょう」


   ◇◇◇


 風がびゅうびゅうと吹き荒ぶ荒野で、朽ちた柵に凭れ掛かって休息をとっていたその女性は目を覚ました。
「嫌な夢」
 年の頃は二十歳前後であろうか。この地方には珍しい短髪で、やはりこの地の風土にはそぐわない露出度の高い衣服を身に着けていた。
 しかしながら、彼女は間違いなくこの地方の出身であった。正確には今いる場所より少し南方の。
「行くか……」
 女性は傍らに寝かせていた身の丈の倍近くもある大鎌の柄に腰掛ける。すると、大鎌は女性を乗せたままふわりと宙へ舞い上がり、大空へと飛び去って行ったのであった。



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