機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  12-01、奸譎(1)



 マティアヌスとの作戦会議を済ませた後、シャンセは天幕の見張りにナルテロとの面会を要請した。実現には数日掛かると予想し、その間に必要な準備を済ませるつもりであったが、意外にもナルテロは明くる朝に遣って来る。闇市の一件の翌日でもある。未だ考えが纏まらず、シャンセと話がしたかったのかもしれない。
「ご足労頂き有難う御座います」
 天幕の入口を潜るナルテロをシャンセは僅かばかり驚いた表情と声音で迎え入れた。
「いいえ、構いませんよ。急ぎの用件と聞きましたが、何かありましたか?」
「まずは此方を」
 相手が完全に腰を下ろすのを待たずに、シャンセは一枚の紙切れを敷物の上に置く。シャンセの前に座ったナルテロは、怪訝な顔をしてその紙を拾い上げ、覗き込んだ。見終わった後に、彼は一層眉を寄せて首を傾げた。
「数字が書かれておりますな。これは何ですか?」
「昨日闇市から帰る途中、私が見知らぬ男とぶつかったのを覚えておられますか? あの瞬間に相手に握らされた物です。暫くは塵を渡されたのかと思っていたのですが……。その数字の並び、日付に見えませんか?」
「確かに! 言われてみればその様に見えますな」
 シャンセの言葉を聞いて目を見開いたナルテロは、再度紙に書かれた数字を凝視した。
「日付に心当たりは?」
「ありませぬ。しかし、書かれている日にちまで余り時間がない様だ。襲撃日でしょうか?」
「分かりません。そう思わせたいのかもしれません。本当に無関係な人間から、唯の塵を掴まされただけの可能性もありますしね。ただ、相手が焼物の種族の差し向けた密偵であったなら、鍛冶の種族が天界の敵である私と関わっている現場を見られたことになります」
 ナルテロは紙を敷物の上に戻し、腕を組んで唸った。怒りを堪えているのか焦りを隠しているのかは分からないが、ともあれ現状として彼等に応戦が難しいことはナルテロの顔色から見ても明らかであった。
「私は天界から追われていて、焼物の種族は天界による支配体制を支持している。彼等が敵たる私に接触を図ったのは、協力を装って罠に嵌めるつもりなのかもしれませんが、当座の目標が貴方がたの方である可能性も皆無ではありません。潜伏場所の用意はありますか?」
「緊急用の拠点は幾つか設けておりますが、罠ならば既に把握されている可能性もありますな。急ぎ調べさせます」
「宜しくお願いします」
 シャンセの言葉に対してナルテロは首肯で返し、腰を浮かせる。焦燥の余り挨拶も忘れて立ち去ろうとする彼をシャンセは片手を軽く上げて止めた。
「ナルテロ殿、こういう状況ですので私も微力ながら協力させて頂きます。つきましては、其方の戦力……と言うより、例の〈関門〉以外の〈祭具〉も確認させて頂きたいのですが」
「シャンセ殿、それは――」
 ナルテロは表情を険しくして拒絶の言葉を吐こうとする。だが、シャンセは最後まで言わせなかった。
「躊躇していられる状況ではない筈ですよ。ヴリエ殿がどれだけの戦力を此方に送ってくるかは分かりませんが、正規軍相手に片手間で済ませられる訳がありません。出し惜しみは止めた方が良い」
「しかし……」
「地界絡みでも私は其方に貢献がある筈です。最終的な協力関係の有無は別にして、多少の信用はそろそろあっても良いと思うのですが?」
 返答はない。肯定も否定もない。必死に頭を働かせているのは表情で分かったが、都合の悪い方に動いてもらっては困る。だから、シャンセは返事を待つことなく次の言葉を発した。
「それとも、私の首をヴリエ殿へ差し出して命乞いでもしてみますか? 『自分はこの男に騙されたのだ』と言って」
 息を大きく吸う音が響いた。再び沈黙が落ちるも時間は短く、ナルテロは首を横に振って漸く口を開いた。
「否、それだけはない。確かに我々は共通の敵を相手にしている様だ。分かりました。貴方に此方の手の内を見せましょう。その代わり――」
「ええ、当面は私も焼物の種族への対応に尽力致しましょう。後々の方針については、眼前の危機を乗り越えてから」
「有難う御座います。早速武器庫へ案内させましょう。その後は修練所に」
 ナルテロはシャンセに少しの間待機するように告げ、足早に天幕から出る。やがて、外から彼が配下に指示を出す声が聞えてきた。



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