機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  11-02、喧嘩の側杖(2)



 翌日正午、天宮内にある白天人族の王族専用の休憩室にて、第三王子トリトメイ・カンディアーナが第三王女レイリーズ・カンディアーナからある報告を受けていた。話を聞き終わったトリトメイは一先ず返事をせず、卓上に置かれていた硝子製の杯に口を付ける。中に入っているのは喉に良いという天界産の薬草茶だ。僅かな間その香りを楽しんだ後、彼は再度レイリーズを見た。
「成程、そうなったか」
「如何致しましょう?」
 彼の上には三人の兄姉がいたが全員に先立たれた為、現在ロジェス王の子供達の中で最も高齢且つ高位であるのはトリトメイだった。実務の最高責任者も彼だ。故に、レイリーズは彼に指示を仰いだ。彼女もまた王族の一員ではあるが、今回の件に関しては独断は避けるべきと判断したのだ。
「遠からず行われるであろう地界への対応も視野に入れて、出来る限り此方の戦力は維持しておきたい。故に直近の討伐や確保は難しいが、さりとて放置もするべきでもない。ふむ、暫くは火界に足止めしておくのが最善かな。行動を起こすのは地界の件が落ち着いた後に」
「承知致しました」
 必要な言葉を貰ったレイリーズがお辞儀で返すと、トリトメイは「ところで」と次の話題を振った。
「地界へ送る使者の人選は終わったのかい? 私の所には話が伝わって来ていないが」
「それは……! ご報告が遅れて申し訳御座いません」
 レイリーズは慌てて頭を下げた。どうやら彼女の方は既に情報を入手していて、当然トリトメイの耳にも入っているものと思い込んでいた様だ。
 トリトメイは心情の見えない微笑を浮かべた。
「良いよ。報告だけ下さい」
「使者にはリシャが選ばれたそうです。天帝様が執務室で其方の話を出された際、側で控えていた彼の者が直様立候補し、天帝様もその場でお許しになったと聞いております」
「ああ、話が一瞬で終わってしまって、此方へ相談する必要もなかったから、報告する必要すらないと勘違いしてしまったのかな。問題だね。しかも、リシャまでもが新人の様な間違いを」
 白天人族の長老の一人であるリシャの天宮における勤務年数は非常に長い。天帝と地神が明確に仲違いを始める前から勤めていた者だ。彼は予てより両神の離別を快く思っていないと明言していた。
「報告を差し上げる前に片を付けようしたのかもしれません」
「信用が無いな。例え意に添わずとも、それが天帝様のご命令であるなら、私は邪魔なんてしないよ。ところで、地界に送っていた間者とは未だ連絡が取れないのかい?」
「はい」
「其方はもう駄目かもしれないね。可哀想なことをした。地界との交渉は失敗に終わるだろう。天帝様のお叱りを受けるかな。不要な姦計の所為で、と。此方にとって都合の良い方向に動いてはいるが」
 トリトメイは苦笑し、卓上へと戻していた杯に再び指を添える。
「分かった。もう下がっても構わないよ」
「『彼』の方はどうされますか? 邪魔をしてくるかもしれません。現在は件の女神に随伴して火界に滞在しているようですが」
「君の予想通りにはならないんじゃないかな。渾神が邪な謀をしない限り、彼は基本的に冷静で聡明だよ。困った人だが、腐っても《天》の種族だけあって《地》の種族よりは優秀だ。誇り高き我等の中に、地を這う虫と内通する者など存在しないことも重々理解している。此度の策についても、地界の反逆行為を誘発するのが目的だと気付く筈だ。力を得れば勝てると思い込んで、安易に挑んでくる。そんな彼等には勝ち筋どころか利用価値すらないというのにね」
「酷い仰り様ですこと。その様な方だったかしら、私のお兄様は」
 兄妹らしく親しみを込めた口調でそう言われたトリトメイは、態とらしく首を傾げてみせた。
「おや、自分では気付かなかったよ。少し気が立っているのかな。どうか怒らないでおくれ、レイリーズ」
「怒ってはおりません。驚いてはおりますけれども。ところで、私からもう一つ意地悪な質問が。聡明ではない《天》の種族への対応は、一体どうされるおつもりですか?」
「ブリガンティのことかい? 当面は好きにさせておくよ。野心の強さや機密情報の流出は目に付くが、今の所は同胞にとって大きな害になる程ではないからね。正神六柱の侍神位の一つを身内が埋めてくれるのは寧ろ良いことではないのかな」
「そこだけ見れば、確かにその通りなのですが……」
 トリトメイはくすくすと笑い出す。
「大丈夫だよ。彼女はメリルとは違う。あれの行いは、本当に身内の恥以外の何者でもなかった」
 初めの内は爽やかな声音で紡がれていた言葉が、徐々に刺々しいものへと変化していく。彼らしくない感情の発露だ。戦闘種族と呼ばれる白天人族の王子でありながら、普段のトリトメイは柔和な雰囲気を持った青年で、尚且つ他者を気遣って内心をありのままに表現することは滅多にない。そんな彼から思わず漏れ出た本音は、誰にとっても耳触りの良い言葉ではなかった。しかしながら、レイリーズは彼に反論しなかった。彼女にもトリトメイの心情は理解出来たからだ。故に、彼女は憂いを帯びた顔になって呟くだけだった。
「お父様はどうしてあの子に侍神選定への参加を許可されたのでしょうか?」
 表情を消したトリトメイは、不意に宙を見る。視線方向にある壁面には雲上を舞う天女が描かれていたが、彼の目はそれとは別の場所を捉えている様子だった。
「さあ。尊き方のお考えは、私如きには想像することすら難しいよ」
 彼の本音は再び奥底に隠された。頭は既に冷え切っている。遥か昔に出ている答えを彼は実の妹にさえも打ち明けなかった。



2024.03.22 一部文言を修正

前話へ 次話へ

楽園神典 小説Top へ戻る