機械仕掛けの神の国

◆ 第一章 地神の箱庭 ◆


  12、神託勝負



 舞台に上がったミリトガリは、促されるまま大神殿の神託所内にある祭壇の方を向き、祈りを捧げた。しかし、やはり天帝の声は降りてこなかった。
(唯でさえ神託の有無はこちらからは決められぬというのに、こんなに離れた場所から祈りが届くものか!)
 ミリトガリは歯噛みする。
 一方のマーヤトリナは、最早祈るそぶりさえ見せなかった。必要もないという判断なのだろう。実際彼女は既に対象の居場所を知っていたのだから。
 やがて、両者の前にはそれぞれ胸の高さ程の台が用意され、続いて台の上に一枚の白紙と筆記具が置かれた。だが、この時に至ってもまだミリトガリは祈りを捧げている。
「ミリトガリ殿。そろそろ始めて頂きたいのですが」
「……」
 ミリトガリは答えない。
(大丈夫、天帝様は必ず助けて下さる)
「さあ!」
 ムルテカが催促する。
(天帝様、天帝様、天帝様!)
 けれども、彼がミリトガリの祈りに応えることはない。
(――どうして……?)
 絶望して肩を落とすミリトガリ。その様子を見たムルテカは悟った。
「……神託は下りなかったようだな」
「待って!」
 ムルテカがミリトガリの不戦敗を宣言しようとしたのに気付いて、彼女は制止する。
(そうか、これは試練なのですね! ならば!)
「……御神託が下りました。場所は――」
 焦る気持ちを抑えながら、ミリトガリは推理した。彼女の妄想する天帝の神意に応える為に。
(マーヤトリナの様子から見て、この女が邪神の化身を匿っているのは間違いない。そして化身が出現して以降、大神殿内は最上級の警備体制が敷かれていた。大神殿外への脱出はおろか、建物同士の移動すら困難だった筈だ。だから――)
「『日神宮』です!」
「……!」
 それを聞いた観衆からざわめきの声が上がった。舞台上の王宮兵達も顔を見合わせる。
 当のマーヤトリナは驚いたように軽く目を見開いた。
(図星のようですね。愚かな女。お前の浅はかな考えなど、全てお見通しですよ)
 大神殿中が「邪神の化身」を捜索している中、マーヤトリナがアミュを匿うのに一番安全な場所は、「神子」の権限から半ば治外法権状態となっている日神宮だ。逆に一旦そこに匿ってしまえば、捜索活動が終了するまで表に出すことは出来ない筈である。
 マーヤトリナがアミュの関係者という前提があれば、こういったことは容易に想像が付く訳だ。してやったり、とミリトガリはマーヤトリナを睨み付けながらも内心ほくそ笑んだ。
「日神宮を検めさせてもらうが、宜しいか?」
「構いません。ミリトガリ殿には後で無礼の報いを受けて頂くとしましょう」
 厳しい表情を見せるムルテカの問いに、マーヤトリナは苦笑しながらそう応えた。


   ◇◇◇


 調査に当たらせた兵達から報告を受けたムルテカは、マーヤトリナの方を向いてまずは謝罪の言葉を述べた。
「どうやら、居なかったようだ」
「ええ、そうでしょうとも」
「……!」
 ミリトガリは息を呑んだ。
(外した! どうして……?)
 マーヤトリナは動揺する彼女を冷たく一瞥した後、舞台を警護する王宮兵の外側で控えていた神殿兵達に命じた。
「神殿兵、ミリトガリを捕らえておきなさい」
「……はっ!」
 ムルテカも王宮兵達に目配せし、神殿兵を招き入れることを許可した。
「待って下さい! これは――」
「次は、私の番ですわね」
 両脇を抱えられ拘束されながらも必死に抵抗するミリトガリの弁明をマーヤトリナは言葉で遮る。
「お手並み拝見といこうか」
 ムルテカがにやりと笑みを浮かべて腕を組む。
「ふふ、実は御神託は既に下りておりますの。数日前にね。……恥ずかしながら私の神託能力の特性で、天上界から一方的に御神託を賜ることはあっても、こちら側から請求することは出来ないのです」
(この女、自分だけ……!!)
 心の中でミリトガリは叫ぶ。その言葉をどれだけ自分が言いたかったことか――!
「間に合って本当に良かったわ。ミリトガリ殿が偽神託士であることも、御神託によって知りましたのよ」
「何と! 人が悪い。初めからそれが分かっていて、敢て多くの見物人が居る前で神託勝負を挑んだのか」
「悪い子にはお仕置きが必要でしょう? それに、彼女を捕らえるのに男手が欲しかったのもあります。大将軍、私は貴方が来るのを待っていました」
 悪戯っ子の様に笑うマーヤトリナにミリトガリを除く一同は感心し、そしてその華やかな笑顔に魅了された。
「それで、邪神の化身の居場所は?」
「その前に一つ訂正しておきます。彼女は『邪神の化身』などではありません」
「そうなのか?」
「ええ、彼女は罪のない唯の被害者です。だから、手荒に扱わないでくださいましね。……そして、彼女が今居る場所は、神託所――『巫女の間』です」
「なっ……!」
 ミリトガリは思わずあんぐりと口を開けた。
 そして、ムルテカは速やかに王宮兵達に命じた。
「神託所を検めよ!」


   ◇◇◇


「ここが『巫女の間』か……」
 王宮兵の一人が、予想していたよりも質素な造りの扉の前でぽつりと呟いた。
 巫女の間は、代々の神託の巫女達が天上の神々と交信する儀式を執り行ってきた神聖な場所だ。先程ミリトガリが祈りを捧げた祭壇もこの巫女の間の内部に設置されている。「邪神の化身」の神託を受けた時の様に、稀に例外も存在するが、基本的に神託はこの場で授かるものとされてきた。
 儀式に集中させる為ということで、室内及びその周辺には他の施設のような華美な装飾は一切施されていない。しかしながら、この場を漂う空気は人を圧倒する何かを感じさせた。
 そして当然ながら、平時は神託の巫女と彼女に認められた一部の神官や巫女達しか立ち入りを許可されない場所でもあった。
「居る筈がない!」
 ミリトガリの取り巻きと思わしき老齢の巫女が叫ぶ。
「居ればミリトガリ様が気付く筈だ。しかし、あの御方はそんなことは一言も仰らなかった!」
「喧しい婆さんだな。黙らせとけ」
「了解」
「むぐっ……!」
 王宮兵達の狼藉を恐れてすっかり観衆と成り下がってしまっている神官達の予測通り、老女は口を塞がれ身体を拘束されてしまった。
「……開けるぞ」
「ああ」
 互いの顔を見合わせ頷き合った男達が、恐る恐る扉に手を掛けた時だった。
「……! 勝手に開いた!」
「おお!」
 巫女の間の扉は軽い音を立てて開かれ、中から清潔そうな白い衣服を纏った幼い少女が現れた。
 少女はやや緊張した面持ちで、しかしながら見た目通りの年齢には似つかわしくない落ち着いた口調で王宮兵達に語りかけた。
「王宮から使わされた方々ですね。私はサンデルカ大神殿の人々に『邪神の化身』と呼ばれていた者です。ですが、それは偽りです。どうか、私を日神の神子の許へ連れて行って下さい」
「……あ」
 その場にいる者達は――少女を除き――皆同様にぽかんと口を開けていたが、やがて正気に返り――。
「日神の神子が言われた通りだ!」
「大将軍へ連絡を!」
「さあ、どうぞこちらへ」
 今迄疑いの眼差しで様子を見守っていた神官達さえも一緒になり、慌てて少女を外へと導いたのであった。



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