或る生産職の日常


 09. 蘇生スキルの功罪



「花々さん、花々さん」
 聞き覚えのない声が遠くで聞こえる。
「起きて下さい、花々さん」
 自分は何をしていただろうか。こうして眠りにつく前は。
 頭の中でその記憶を探り当てたところで、花々ははっと覚醒した。
 慌てて起き上がった彼女の顔は蒼白だ。最早、冷や汗すら出て来なかった。心臓の音だけがいやに大きく聞こえた。
「――私、死んだの?」
 自らに問うように花々は呟いた。
「はい」
 答えたのは、先程彼女の意識を揺り起こした声の主だった。神官――蘇生士と思わしき若い女性だ。
「約一時間前、花々さんの生命力がゼロとなり、蘇生予定者リストに貴女の名前が掲示されました。冒険者組合からの要請を受けた我々『大教会』は、花々さんが冒険者銀行に開設していらっしゃる口座から蘇生料金を引き落とした後、貴女の肉体を緊急時用転送魔法装置にて回収、蘇生致しました」
 やはり、花々はあのダンジョンで――恐らくは、背後に迫っていたゴーストナイトにやられて――死亡したようだ。
 直前に騒いだことが、モンスターに花々を認識させる起因となったのだろうか。ゴースト族モンスターは視覚や聴覚で相手を認識しないので、彼女の感情か或いは生命力の揺らぎに反応したのかもしれない。
 その後蘇生士の説明通りに、花々は帰還拠点「大教会」で復活させられた。
「……」
「どうかされましたか?」
 一見、柔和そうな雰囲気の女性に何処か違和感を覚える。
 しかし、花々は思ったままのことを素直に答えた。
「自分が死んだこと、全然気付きませんでした。痛みすらなかった……」
「ああ、即死だったんですね。それはある意味、幸運だったかもしれません」
「『幸運』って……」
「冒険者とは凡そ『戦う仕事』です。更に言えば、常識の範疇を超えた戦闘を強制される場合もあります。故にご存知の通り、我々冒険者は戦闘行為を円滑に行う為に、まず最初に肉体的精神的苦痛を軽減する為のパッシブスキル(常時発動スキル)を冒険者学校にて習得します。ですが、それでも肉体が負傷した場合の苦痛を完全に消し去ることはできません。ですから、痛みがないというのはとても良いことだと、私は思っています」
 天使のように無垢な笑顔を浮かべてそう答えた蘇生士を見て、花々は彼女が纏う違和感の正体に気付いた。この蘇生士からは、一般的な倫理観やデリカシーというものが感じられないのだ。
 ふと、古い記憶が呼び起こされた。学生時代に聞いた話だ。
 かつて蘇生スキルが開発された際、数多くの賞賛の言葉と同時に、このスキルに対して否定的な意見も少なからずあったのだそうだ。その中の一つが「蘇生スキルの存在が、返って生命の冒涜に繋がる」という主張だ。
 それを聞いた当時の花々は呆れ返った。どうして哀れにも死んでしまった人が生き返ることが、「生命の冒涜」になるのか。そんな素晴らしい奇跡すら、他人を非難する言い訳に使う者がいるのか、と。
 だが、今理解した。否、彼等は花々が感じ取ったものとは、全く別の思惑があってその思想を口にしたのかもしれない。それでも、彼等の言葉自体には意味があったのだと悟る。
 ――自らの死と死を認識した時に生じた衝撃。それでも、まだ自分が生きていることへの違和感と不信感。
 理屈の問題ではない。これは本能に依るものだ。
 頭の中では既に冷静に戻ったつもりでいるのに、動悸と吐き気が治まらない。胸の内側を黒く大きな百足が這い回っているようだった。
 そして、そんな「死」と「蘇生」が常態化した世界に住む戦闘職の精神状態を考えると、正直寒気がした。まして、蘇生が専門の蘇生士ともなれば――。
(いや、それよりも――)
 そこで、花々は頭の中を全く別の懸念事項に切り替えた。彼女には他に、最優先で片付けなければならない問題があったことを思い出したのだ。
 花々は石の寝台から起き上がり、蘇生士に尋ねる。
「もう帰っても大丈夫ですか?」 
「はい、大丈夫ですよ」
 蘇生士は感情の読み取れない微笑を維持したまま頷いた。


「また、ご利用下さいませ~」
 業務用と思われる満面の笑顔を浮かべて見送る蘇生士は、宛ら量販店の販売員のようであった。
 そんな蘇生士に花々は胸の内でそっと告げた。
(もう、二度と来たくないです……)
 よろよろと不安定な歩みで、彼女は大教会から立ち去っていった。



2023.05.27 タイトルがリメイク前のままだったので修正

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