或る生産職の日常


 08. ダンジョンという名の闇



 扉の中に入ると、狭く薄暗い部屋の中に室内を照らす蝋燭の照明と地下へ続く階段があった。石造りの壁面を良く見ると、草食動物の頭蓋骨の様なレリーフが刻まれているのが分かる。
 戦闘職ならば鼻歌混じりに攻略可能な初心者用ダンジョンであるが故に、このダンジョンの資料は殆ど存在しない。十分な事前調査が出来ず僅かな予備知識しかない花々は、部屋の内装とこのダンジョンが闇属性ダンジョンであるという噂から、出現モンスターは主にアンデッド系であろうと当たりを付けた。正直、余り得意な相手ではない。見た目的に。
 花々は壁に身体をぴったりと張り付かせた状態で、階段の端を恐る恐る降りて行った。壁にトラップが仕掛けられている可能性を全く考えていない無謀行動である。
(基本的に「神官ダンジョン」って、生命力や防御力がそこそこ高い上に回復スキルまで持っている回復職を対象として建造されてる人工ダンジョンだから、逆にその辺が劣っている製作者系生産職がここのモンスターの攻撃を受けたら一溜まりもないんじゃ……)
 胸中に満ち満ちた不安に苦しみながらも階段を降り切り、花々はすぐ正面の部屋を柱の影から覗き見た。
 そこに最初のモンスターがいた。
(げっ!)
 思わず声が出そうになった。
 室内にいたのは、半透明の身体を持つ兵士の格好をした男性であった。モンスター名は「ゴーストソルジャー」だ。
 花々は音を立てず、早足で階段の方へ戻った。杖を握り締め、蹲る。
(やばい、やばい、やばい)
 ダンジョンの終盤になって漸く花々はその確信を得ることになるのだが、実はこのダンジョン、アンデッド系の中でも「ゴースト族」に分類されるモンスターしか出現しない。
 そして、ゴースト族には光属性魔法しか効果がない。光属性を持つ冒険者用武器による物理攻撃すら効かない。
 つまり、氷属性魔法とスキルを使用しない通常の物理攻撃しか攻撃手段を持たない花々にとっては、相性の悪いダンジョンなのだ。
 因みに蛇足となるが、アンデッド系モンスターは「ゴースト」や「ゾンビ」という名を冠してはいても本物の幽霊や死体ではなく、あくまでそういう形状をしただけのモンスターの一種である。そこの所を誤解した非冒険者の人権団体が、「冒険者の修練目的で死者を閉じ込め討伐するのは、非人道的だ」と言って、時折このダンジョンの前で集会を開いているのだが、大して話題にもならずに終わっている。
(引き返すか……)
 迷いと恐れが花々の頭を過ぎった。
 だが、出直した所で一緒にダンジョンに潜ってくれそうな神官や魔法士の当てがない。
(モンスターの敵対値を貰わないように、十分に距離を取って進めば、或いは……)
 悩み抜いた末に、結局彼女はこのままダンジョン攻略を続行することに決めた。
 無謀に過ぎる作戦であったが、ダンジョンの規模が小さいことも幸いしてか、意外にも彼女は無傷でダンジョンの主であるボスモンスターが住まう大部屋へと辿り着くことができた。
 このダンジョンのボスモンスターは、「ゴーストナイト」だった。言うまでもなくゴースト族のモンスターで、厳めしい鎧で全身を覆い、大槍と盾を手に持ち、同じくゴースト族モンスターの「亡霊の騎馬」に乗っていた。
 ところでダンジョンのクリア判定を得るには、通常の場合はボスモンスターを倒した後に、ボス部屋の更に奥にある小部屋の出入口から退出しなければならない。
 しかし、花々の目的はあくまでクエストを完了させることなので、これまで同様、モンスターから距離を取りつつ回収品を見つけるだけで良かった。
 花々は床を這いつくばり、必死に回収品を探した。
(どこだよ~)
 部屋の中央辺りをうろうろと移動しているゴーストナイトの索敵範囲は然程広くなく、未だこちらを認識はしていなかったが、歪な闇属性の魔力が花々の肌を刺激する。全身が冷や汗でぐっしょりと濡れていた。恐怖が焦りを呼び、己の目を更に曇らせているように感じられる。
(ほんっと、無くした奴が取りに行けよ!)
 心の中でそう叫んだ時だった。
「あっ!」
 漸く彼女は目的の品を発見した。
 ローブのポケットからクエスト詳細用紙を取り出し、添付写真と見比べる。
(「竜の爪の鏨 」――間違いない。これだ!)
 花々はすぐさま、鈍色に輝くその鏨に手を伸ばした。しかし――。

 ――ばちっ!

「痛っ! ……え?」
 鏨は青白い火花を散らし、花々の手を弾き返した。
「何で……?」
 呆気に取られ、再度手を伸ばそうとする花々。
 だが、その眼前に赤い八芒星の紋章が浮かび上がり、思わず手を引く。
 その紋章は、冒険者ならば誰もが知り誰もが求めるであろう品――「所有者認証アイテム」と呼ばれる種類の冒険者装備アイテムに刻印される魔法紋章だった。
 レアアイテムと称される冒険者装備の内、そのレア度が「希少級」である物の一部と「名匠級」以上のほぼ全てにおいて、一度誰かが装備してしまうと他の者には触れることすら出来なくなる「所有者認証特性」が存在する。その特性を持つ装備を総称して、「所有者認証アイテム」と呼んでいる訳だ。
 そして、自らが「所有者認証アイテム」であることを表す「所有紋章」が表示されたということは、この「竜の爪の鏨」が既に装備済みの所有者認証アイテムであることを示していた。当然ながら、非所有者の花々はこのアイテムには触れられないし、回収することもできない。

 ――要するに、このクエストは最初から、花々には完了不可能だったのである。

「はあっ!? 」
 花々は声を上げた。
「ええ? ちょっ……はあっ!?」
 ただひたすら、怒りが湧き上がってくる。クエストカウンターの受付嬢の無礼過ぎる態度も思い起こされた。
 そうして積憤に支配される余り、彼女は気付かなかった。自分の背後に迫る黒い影に――。



2023.05.27 タイトルがリメイク前のままだったので修正

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