或る生産職の日常


 10. 諸悪の根源



 大教会を出たその足で花々が訪れたのは、言うまでもなく細工職人協会だ。
 クエストカウンターに、花々に強制クエストを押し付けたあの受付嬢の姿はない。
 代わりにその席に座っていた、花々と同世代くらいに見える女性に声を掛ける。 
「すみません。『回収クエスト11』について、お伺いしたいことがあるのですが」
「『回収クエスト11』ですか? 少々お待ち下さい」
 女性は不慣れな手付きで分厚いファイルを引っ張り出し、頁を捲った。
「はい、確認致しました。どうされましたか?」
「回収予定だった『竜の爪の鏨』なんですが、実際に現地に行って確認したら、装備済みの所有者認証アイテムだったみたいで回収できなかったんですけど……」
「ええっ!? 少々お待ち下さい。すぐに確認を取って参ります」
 女性はそう言い残して、カウンター奥の扉の向こうへ引っ込んでしまった。
 そうして待つこと約十五分、書類や事務用品らしき小物の入った四角い籠を持って戻ってきた彼女は、脅えたような表情でこう切り出した。
「申し訳ございません。該当のアイテムを紛失した職員が本日お休みを頂いておりまして、詳細の確認が取れない状況ですので、報酬の件も含めまして後日ご連絡させて頂きたいのですが……宜しいでしょうか?」
 正直、「この状況でまだ待たせるのか」とか「休みでも今すぐ連絡を取って来い」とか言ってやりたかったが、要らぬトラブルを増やすだけなので止めておいた。
「はい、大丈夫です。お借りした杖は返しても良いですかね?」
「はい、お預かりします。それと本日、クエスト受注書控えはお待ちですか? 保留印を押させて頂きたいのですが」
「ああ、はい。こちらです」
 ポケットに入れてあったクエスト受注書の控えを取り出す。クエスト完了後、その足でクエストカウンターに赴き、提出しようと思って持ち歩いていた物だ。ダンジョンのボス部屋に置いてきてしまったクエスト詳細用紙と一緒に、ポケットに入れていたのだが、こちらが無事で本当に良かった。
 その書類を受け取った女性は軽く目を通した後、先程持ってきた籠の中からクエスト受注書の本体の入ったファイルを取り出し、本体と控えの双方に保留印を押した。
「ありがとうございます。後日こちらから連絡させて頂きますので、次回いらっしゃった際に再度この控えをお持ち下さい。クエスト完了手続きを致します」
「分かりました」
 保留印が押された控えを受け取った花々は、再びそれを折り畳んでローブのポケットにしまい込んだ。
「ところで、強制クエストの保留期間は他のクエストも受注可能となりますが、これからクエストを受注されますか?」
「……いや、止めときます」
 くたびれた様子でそう答えた花々に、女性はさもありなんと言うように頷いた。
「畏まりました。本日は申し訳ございませんでした。また、宜しくお願い致します」
「はい。そう言えば、いつもこの席に座っていらっしゃる方は、今日はいないんですか? 名前はちょっと分からないのですが……」
「ええっと、どのような人でしたか?」
「ああはい、女性の方で、髪の毛が長くて茶髪で、こう黒縁眼鏡の……」
 花々は手で眼鏡の形を作る。
 それが功を奏したのかは分からないが、相手の女性は理解できたようで、先程から続いていた重苦しい空気を振り払うかのように表情を明るくした。
「ああ、彼女ですか!」
 そして、満面の笑顔で爆弾を落とした。
「その人が『竜の爪の鏨』を落とした『クルミ・草薙』ですよ! 本日はお休みです!」
 花々は心の中で吼えた。
(貴様か――っ!!)


 数日後、細工職人協会から連絡があり、『竜の爪の鏨』はやはり装備済みの所有者認証アイテムであったことが判明した。
 花々がクエストカウンターを訪れると、受付嬢達の上長らしき男性職員が現れて、こちらが申し訳ないと思うくらい何度も頭を下げてくれた。
 当然のことながらクエストの報酬は全額支払われ、その上お詫びの菓子折りまで付いてきたので、花々も漸く怒りを収めたのである。
 因みに、当の草薙女史は旅行の為、長期休暇中なのだという。それでも細工職人協会はちゃんと連絡を取ってくれたようだが、花々への返答に時間が掛かったのはその為だったらしい。
(本当に何様なのだろうか、あの女は)
 こうして花々は暫くの間、むしゃくしゃを引き摺ることになるのであった。



2023.05.27 タイトルがリメイク前のままだったので修正

前話へ 次話へ

Story へ戻る