青い炎


 06



 目を覚まし、医師の説明を受けた後、スティンリアは一人にされた。暫くは寝床の上で寝ていなればならないという話だった。起き上がれる見込みについては医師は語らなかったが、彼の余命が短いことは告げられていた。
 一人になると、余計なことを色々と考えてしまう。氷神様は自分の身を案じて下さるだろうか、倒れる直前まで傍にいたブリガンティは心配していないだろうか、とか。特にブリガンティには迷惑をかけてしまった。そのことが一番気掛かりなことのように思えた。
 唐突に医務室の扉が開く。入室の許可を問う言葉はなかった。
 彼の寝床の傍らに立ったのは見覚えのある神だった。
「火神様……」
 主神である氷神よりも高位に位置する神だ。直接の面識はないが顔だけは知っている。口には出さないが、氷神が内心忌み嫌っている神でもあった。
 火神は俯いたまま、彼に真実を告げた。
「御免なさい。貴方の傍に居た『ブリガンティ』は私だったの。大っ嫌いな女の恋人を少しからかってやろうと……。でも、その所為で貴方の身体は……」
「……」
 突然過ぎて理解できない。言葉が返せない。
 火神は幼子の様にぼろぼろと涙を流した。
「御免なさい、御免なさい御免なさい。私、本当に酷いことを……」
「お恨み申し上げます、火神様」
「……!」
 そんなつもりはないのに、惨い言葉が無意識に口から零れた。実際、頭がはっきりすれば自分は彼女を心底恨むのだろう。
「ですが……きっと貴女がいなくても、私は遠からずこうなっていたでしょう。愚かだったのです、私は。分不相応の大望を抱いてしまった」
「そんなこと……」
「ああ、そうと分かってはいても――」
 スティンリアの目からも一筋の涙が流れ落ちた。
「もっとあの御方の傍に居たかったなあ……」
 人前で泣くことも、弱音を吐くことも初めてだった。そのことが彼には酷く恥ずかしく情けないことのように思えた。
 その姿を見た、火神は胸を締め付けられる思いであった。
(あんな女の為に、そこまで……)
 嫉妬と憤怒の感情が炎の様に湧き起こってくる。しかし、今彼女がすべきことはその感情を行動に表すことではない。
(こんなことで、こんなことで死んで良い筈がないのよ、貴方は! 一体どうすれば……)
 火神はその神の頭脳を必死に働かせた。


   ◇◇◇


 人気のない寂れた物見台にいると、その神は示し合わせたようにやって来て隣に座った。
 彼女は気紛れな《風》の神だ。風の吹く場所、空気のある所には何処にだって現れる。
「ペレナイカ」
 そう呼びかける彼女は、自分の役目を既に悟っているようだった。
「ねえアエタ、貴方の風は何処まで行ける?」
「何処まででも。例えば冥界や、天帝と敵対する邪神の領地であっても」
「そう」
「何処へ使いを?」
 火神は少し考えるように黙り込んだが、やがて風神に自分の意思を告げた。
「命神ネクティホルトと理神タロスメノスの許へ」
 ――嘗て神族間に大戦が起こった折に、先代の神族の王であった光神や天帝に背いて邪神認定を受けた神と、天帝よりも長く生き彼よりも高位に座する神の許に。



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