機械仕掛けの神の国

◆ 第三章 赤き眷族 ◆


  05-01、陶工の城(1)



 火神宮殿と火人族の王城は別の都市にあるが、距離は然程離れてはいない。火界で最も速い乗り物を使えば四半刻足らずの距離だ。現王族が元々陶磁器製造を本業としていたことが関係しているのか、彼等の都は山に囲まれた場所にあった。都の中心部にある小高い山の上に建つ王城に、火人宮殿の様な華やかさや神殿の如き厳かさはなく、城塞と言っても差し支えない無骨で物々しい造りをしている。大戦や内乱のあった時代の名残だと火人族の女王ヴリエ・ペレナディアは苦笑交じりに語ったが、それは飽くまで外観のみの話であった。
 ヴリエに案内されて王城の中に入ったアミュは、内部の様子を見て思わず感嘆の息を漏らした。そして、率直な感想を述べる。
「凄い……」
 荘厳さ、豪華さならば天宮が上であろうし、サンデルカの王宮や大神殿も贅を凝らした造りではあった。しかし、今回は過去に見た建物とは随分と方向性が異なっていた。内装の殆どが焼物と硝子製品で埋め尽くされているのだ。まず床や壁は色取り取りの磁器の薄板で覆われ、陶器や硝子の調度品で飾られていた。他にも木製の家具類が置かれていたのだが、よく見ると模様の描かれた磁器の薄板が埋め込まれていたり、様々な色の硝子の欠片を貼り合わせて絵画の様な飾り付けをしている物もあった。身分の高貴さよりも職人の印象が強く現れた内装である。アミュはここで暮らす住人の並々ならぬ拘りの一端に触れた気がした。
「焼物がこんなに……。この絵も陶器なのですね」
 アミュは壁に掛かった大きな陶板画に駆け寄る。常日頃は自信なさげな言動が目立つ少女が珍しく積極的に行動したのを見て、渾神は笑みを零した。
「ふふ、面白いでしょ。気に入った?」
「はい! とても素敵だと思います」
「現在、火人族は『焼物の種族』と呼ばれる陶磁器の製造を得意とする種族が大半を占めております。私も今でこそ斯様な爪をしておりますが、昔は職人として器作りに勤しんだ者の一人でありました」
 苦笑しながらヴリエは自身の爪を見せた。確かに作業には向かない状態ではあるが、長く綺麗に整えられ細かな装飾が施された様は、やはり何かしら拘りを感じる。
「王族の方でも、ですか?」
 暫しヴリエの爪に見惚れた後、アミュは彼女を真っ直ぐに見上げて尋ねた。相手が罪人であると分かっていながらも、自身に向けて素直に尊敬の眼差しを向ける少女に対し、ヴリエは悪い気はしないという様子だ。
「はい、それこそが私共の本質故。また、火界における焼物の始まりは調理器具と食器。我が種族には料理を得意とする家門も御座います。中には達人と呼ばれる者も。今宵の夕餉は当家自慢の料理人達に、腕に縒りを掛けて振舞わせましょう。どうぞ、ご期待下さいませ」
「わあっ!」
 感情が高ぶっている所為か、アミュは普段とは明らかに違う反応を見せ続ける。渾神は益々ご満悦という表情を浮かべるが、不意に近くに置かれていた香炉の煙を吸い込み、正気に戻った。恐らくは火神宮殿で嗅いだ物と同じ香りである。今の火界の流行りなのだろうか。
(確かに気になるわね。香も火に纏わる物だからこの子達が重宝するのは無理もないことなのだけれど、臭いに不快感を覚えた者は他に居なかったのかしら。これでは肝心の料理も満足に楽しめないでしょうに)
 だが、と渾神は思い直す。火界の住人の習慣を知っているが故に、アミュが言い出さなければ彼女も香について意識しなかったかもしれない。また、気になったとしても臭いに関することは少々指摘し辛さがある。
(アミュが言い出してくれて助かったわ)
 渾神はアミュの素直さに感謝し、小さな背中にそっと寄り添った。



2023.11.03 一部文言を修正

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