機械仕掛けの神の国

◆ 第一章 地神の箱庭 ◆


  09、夢見勝ちな預言者



(私は危険な綱渡りをしている。でも貴方と共に……貴方の為ならきっと乗り越えられるわ。貴方は初めて私を頼って下さった。危険な旅路に私を誘って下さった。ああ、私のシド様……)
 マーヤトリナは夢心地の状態であった。その瞳は恋する乙女そのものだ。残念なことに片恋ではあるが。
 しかしながらマーヤトリナは、初めてシドガルドに謁見した時、彼のことをとても無礼な少年だと思ったのだった。「神子」という栄誉を手にした彼女に対し、彼だけが憐憫の目を向けたから。この国の第一王子とは言え、唯の人間の身である彼が、神の化身たる彼女に向かって、だ。
 それを当時のマーヤトリナは「侮辱」と取り、以降数年は彼のことを嫌っていた。
(でも、神子としての生活を送る内に、あの時の貴方の哀れみの意味を理解した。貴方は優しい人だわ。皆が自らの祈願――願望を一方的に押し付けてくる中で、貴方だけが私を気遣って下さった。だから、私は貴方がとても愛おしいの。だけど……)
 ふと、一抹の不安が過ぎる。
(だけどこれで、私の貴方に対する愛は確かに報われているのだと、自惚れてしまって良いのだろうか)
 そうして、頭を悩ませていた時だ。

(――マーヤトリナ。日神カンディアの神魂の器たる娘よ)

 どこからか、声が聞こえた。耳に聞こえてくる音声ではない。頭の中に直接語りかけてくる言霊。
 その声を認識した瞬間、彼女の居室は瞬く間に暗闇に覆われた。
「何!?」
(娘よ。私は天界の王――天帝ポルトリテシモ)
 背後に気配を感じる。驚いて振り向くと、そこには彼女がよく知る人物の姿があった。
「シドガルド様!?」
 天帝を名乗るその人物は、確かに彼女の想い人の姿をしていた。しかし、様子がおかしい。まるで何かに取り憑かれたかの様な生気の無さだ。
 それに、この超常現象は一体何だ。もしや、これこそが神降ろしというものなのだろうか。だとしたら、今迄自分がこのサンデルカ大神殿で見てきたものは一体何だったのだろうか。
(マーヤトリナよ。私はお前に幾つかの重大な事実を告げねばならない)
「それは、何で御座いましょう。私に出来ることならば、どんなことでも致します」
 正直疑心もない訳ではなかったが、彼女は相手の言葉に耳を傾けてみることにした。
(私が地上の王への使者として遣わした暁神フォルシェトの神子が窮地に立たされている。神子の名はアミュ)
「アミュ……」
 鸚鵡返しのようにその名を唱える。彼女が先日出会ったばかりの不憫な少女の名だ。
(神子は邪神を信仰する者達の陰謀によって、無実の罪を着せられ捕らえられようとしている。奴等は彼女を呪術の生贄にしようと目論んでいるのだ)
「『生贄』、ですって……!?」
 マーヤトリナも「邪神を信仰する者達」には心当たりがあった。天帝を祀る聖都サンデルカが頭を悩ませる反乱分子の一つだ。彼等はその歪んだ信仰の名の許に、度々犯罪行為に及び聖都の民を苦しめていた。
(筋が通っていてとても納得が出来るお話だわ。アミュが本当に無実だと決まっているのならば、そういう考え方も出来る)
 しかし、彼の言葉が真実であるのだとしたら――。
「では、ミリトガリはやはり嘘を?」
(その通り。「神託の巫女」を名乗るその女の正体は、我等に仇なす邪教徒共の一角――「カンブランタ教」の一味。偽りの神託を以って、人の世を脅かさんと大神殿に入り込んだのだ)
「ああ、ああ……何という……」
 千年程前、反天帝主義を掲げ邪神を祀った都市国家があったという。その国の名はカンブランタ。不信心な行いを続けた彼等は、やがて神罰により一夜にして国ごと大地に埋没したと伝えられている。
 だがその生き残りの末裔を称する者達は、今も祖先の教えを守り続けている。更には故郷カンブランタとは無縁の新たな信者を獲得し、その勢力を日増しに増大させていた。
(「生贄」……。確かにカンブランタ教では、そんな怪しげな儀式が行われていると聞いたことがある。実際に犠牲になった人達の遺体も発見されて……)
 考えただけで吐きそうになった。
(ミリトガリ、何てことをしてくれたの!)
 マーヤトリナは自分でも気付かない内に、この現象が神託であると信じてしまっていた。人――特に地上人族という種族は、自分にとって都合の良いものを高い場所に置きたがる生き物なのだ。
「分かりました、天帝様。私は必ずやサンデルカ大神殿からミリトガリを排除し、アミュを王宮へお連れ致します!」
(しかと、頼んだぞ。我が巫女マーヤトリナよ)
 その言葉を最後に天帝の依り代は姿を消した。
 同時にマーヤトリナは、ぱちりと目を覚ました。部屋の様子はシドガルドが現れる前と全く変わらない。
「夢……?」
 マーヤトリナは愕然としたが、すぐに首を横に振って否定した。
(否、違う。私は間違いなく神託を得たのだわ)
 その証拠に、彼女は現状を打開する妙案を思い付いたのだ。全ては神の思し召しに違いない。
「――よし!」
 ぱしりと自分の両頬を叩き、マーヤトリナは気合を入れた。


   ◇◇◇


「――!!」
 既に就寝していたアミュは、その異様な気配を察知し目を覚ました。
(今、神気を感じた気が……いや、まだ残ってる。神気の残り香)
 既に本体の神は去ったようだが、濃密な神気の残滓が残っていた。
(多分、とても強い神様だ。渾神様のに似てる? 違う。もっと似た神をどこかで……)
 記憶を必死に探るが思い出せない。
(一体、誰なの?)
 彼の神はアミュの存在に気付かなかったのだろうか。それとも――。


   ◇◇◇


 彼は笑う。災厄の神と忌み嫌われる渾神ヴァルガヴェリーテによく似た笑声を上げて。
「オルデリヒド神、それにヴァルガヴェリーテ神。ここまでは貴方がたの思惑通りだ。アルマカミュラは今、八年前自身に起きた事件を再経験し、貴方がたの箱庭にその軌跡を刻み込んでいる。しかし、ここから先は――」
 彼等とっては異物である筈の自分が、その箱庭に手を加えた。
「さて、どうする?」



2019.04.29 誤字修正

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