祭りの火



 夜闇に包まれた街に色鮮やかな明かりが灯る。
 今日は祭りの日。この世界に魔物の国が建国された記念日だ。華やかな衣装に身を包んだこの国の住人達は、夜通し今日という日を祝うらしい。
 大通りを所狭しと練歩くパレードは、道中で安酒に酔い沸き返る群衆を巻き込みながら、ある場所を目指す。
 照明の導くままに脇道へ進み、最終的に彼等が辿り着いたのは、大きな博物館であった。


 目的地に到着すると、先程迄大騒ぎしていた異形の者達は一気に酔いから覚めたように大人しくなった。そうして誰に言われるでもなく皆一列に並び、博物館の奥へと入っていく。
 奥の部屋は特別展示室で、扉の前には博物館の職員達が控えていた。彼等は行列の一人一人に一輪の花を手渡す。
 それを受け取り中に入ると、開けた空間と微かに漂う異臭が出迎えてくれた。
 来館者達は一様に部屋の中央設置された真新しい祭壇を見上げた。次に、奥に置かれているガラスケースを。最後にケースの中に収められている展示物を見た。
 そこに眠っているのは一体のミイラだった。大きな山羊の角と蜥蜴の尻尾を持つ人間の女性に似た魔物のミイラだ。俗に「女王のミイラ」と呼ばれている。
 この国が作られるより遥か昔に最初の魔物として誕生し、やがて多くの魔物を生み出す母となった女性の亡骸だ。


 展示室内の席と後方の壁が隙間なく埋まった所で、巨大な蚤の様な姿をした館長が挨拶の口上を述べる。
 次に魔物種と国の歴史について語った後、来賓と一般の来館者達に祭壇への献花を促した。
 スピーカーから荘厳で物悲しい音楽が流れ始めた。客人達は不気味な異形の姿に似合わず、順番に礼儀正しく白い花と祈りを捧げていった。騒ぐ者は一人として居なかった。
 しかし、羊の角を持った一人の少女が花を捧げようとした時だ。彼女は自分の前に居た参列者の足に躓き、大きな音を立てて転んでしまった。軽そうな身体がガラスケースの側まで飛ぶ。
 職員達は驚いて、彼女を助け起こそうと駆け寄った。
 次の瞬間、少女が転んだ時よりもずっと大きな、ガラスの割れる音が室内に響いた。皆、思わず硬直する。
 その隙に、少女は隠し持っていた短剣を女王の胸元へ突き刺した。
 短剣は黄金の炎を放ち、女王の亡骸は燃え上がる。きっと、彼女は塵の様に消えるだろう。その短剣に貫かれた彼女の子供達がそうであったように。
「まさか、聖剣!?」
「貴様、ハンターか!」
 悲鳴のような彼等の言葉を聞いた少女はにやりと笑い、偽物の角を外して魔物達に投げ付けた。角を取った少女は、どこからどう見ても人間――魔物の敵であった。丸く愛らしい顔には、うら若い乙女には似つかわしくない大きな傷跡が二つ刻まれている。
 母を殺された怒りとあからさまな挑発行為に憤った魔物達は、一斉に狼藉者へと襲い掛かった。
 少女は笑っていた。抵抗はしなかった。死を覚悟して来たのだろう。
(やっと終わらせられた!)
 己が身を食い散らかされながら、少女は歓喜した。
(私は私の罪を雪ぐことが出来た。私に罰を与えることが出来た。これで漸く終わりに出来る!)
 霞む目で黄金の炎を見遣る。中に居るのは前世の彼女だ。


 まだ世界が人の物であった時代に、人間として生まれた彼女は、ある夏の日に家族と遊びに行った河原で奇妙に黒光りする石を拾う。それが未知のウイルスを含有した隕石の欠片だとも知らずに。
 数日後、彼女の身体は異形へと変化し、真っ先に家族を襲った。負傷した家族は、傷口から彼女とは異なる形状の異形へと変じ、同様に他者を襲う。そこから更に襲われた者が魔物となり――数か月後には一つの都市の人間全てが魔物へと変わっていた。
 その頃には既に、彼女には自我がなかった。彼女は嘗ての自分がどの様に死んだのか知らない。



 気が付けば、世界の大半が魔物に支配された未来で、再び人間として生を受けていた。過去の記憶を抱えたまま。
 新たな生を受けて十数年後、彼女は魔物に殺害される。
 すると、また人間に生まれ変わっていた。そしてまた殺され、また生まれ変わり、殺され、生まれ変わった。
 そんなことを際限なく繰り返す中、彼女はこうなってしまった原因と打開策を模索し始めた。


 何回目の、或いは何十回目の人生を迎えた時だろうか。魔物に襲われた彼女は、激しい抵抗の果てに漸く敵の内の一匹を殺すことが出来た。残念ながら自らも深手を負い、時を置かずして命を落としてしまったが。
 次に生き返った時、彼女の身体には死に際に負った傷の名残が微かに残っていた。
 傷を眺めている内に彼女は「もしや」と思い、より多くの魔物を殺す為の準備を整えて、彼等の巣穴へと身を投じる。結果彼女は死亡したが、望み通りに沢山の魔物を滅ぼすことが出来た。
 数年後、彼女は貧村に住む夫婦の許に生まれてくる。彼女の両親が生まれたての我が子を見た時、大層心を痛めたという。
 だが目が真面に開くようになった頃、彼女は自分の身体を眺めて満足そうな表情を浮かべた。彼女の胴には、前回よりもやや大きな傷跡がしっかりと刻まれていたからだ。
 彼女は確信する。魔物を殺した数だけ、自分は終焉に近付いている。魔物に殺され続ける苦行から、何時か解放される日が来るのだと。
 こうして、彼女は魔物を狩るハンターとなった。新たな苦行の始まりである。
 転生を繰り返しながら、彼女は何時しかこう思うようになった。
(きっと私は贖罪を求められているのだ。世界を醜く変えてしまったことへの罪滅ぼしをしろと)


 そして、今度の生。彼女は偶然「女王のミイラ」の情報を得た。
 話を聞いた時、心臓が大きく震えたのが分かった。全身に刻まれた古傷が一斉に痛み出す。
 少女は魂の底から歓喜した。
(元凶である私を消せば、きっと償いの日々は終わる!)
 少女はそう確信し、とうとう今日という日を迎えたのであった。


 ――だが、彼女はまた生まれ変わった。
 転生の呪いは、全ての魔物を殺し尽すまで終わらないのだということに彼女が気付くのは、まだずっと先の話。



2021.03.14 加筆修正

2020.11.06 誤字修正

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