お姫様の行方(小説版)



 ある国に、幼いながらも類稀なる美貌を持つお姫様がおりました。
「白雪姫」と称された姫君は、その美貌故に継母である妃に妬まれ、命を狙われます。
 森の中へと追われ、果ては妃の企みによって毒林檎を食べさせられて死に掛かっていた彼女を救ったのは、他国の王子様でした。


   ◇◇◇


 ――僕は今でも思い出す、深い森の中で君と出会ったあの日のことを。
 硝子の棺の中で眠る君を初めて見た時、僕は何故か自分の運命に出会ったと思ったんだ。


 今日は結婚披露宴の日。しかし今は主役である僕達も招かれた貴族達も皆、豪奢な披露宴会場ではなく冷たい風が吹き荒ぶ城外にいた。
 当然だ。自分の生活の場でもある城を「こんなこと」で汚したくはないもの。
 城壁の直下を見ると、先程処刑された新婦の母親の亡骸に兵士達が布を被せている最中だった。そして、その様子を招待客である貴族達が遠巻きに眺めていた。
 貴族達は一様に渋い顔をしている。吐き気を催し、介抱されている者もいた。
(余興の見世物はもう終わったのだから、不快なら城内に戻れば良いのに)
 呆れて眺めていると、聞き覚えのある野太い声が聞こえてきた。
「ああ、見たまえよ、王子の妃を」
 招待客の一人だ。名前は思い出せないが、王城内で時々見かける者だ。
「笑っておられる?」
「如何に己を暗殺せんと謀った憎き仇たる継母のこととは言え、人が惨たらしく死にゆく様をあのような顔で見られようものか。年端もゆかぬ乙女が……」
「まさか、焼けた鉄の靴を履かせるとは思いませんでしたな」
「まったく、王子も気味の悪い女を連れ込んでくれたものだ」
 男に答えて、他の貴族達も口々に新婦を罵った。
 無理もない。母親の亡骸を見て微笑む彼女は、僕の目から見ても魔女や悪魔の類に見えるのだから。
 かと言って、姫の本質を知る僕の中に恐れや怒りの気持ちは全くない。彼女は只精神的に幼いだけだ。
 つまりは年齢相応の、只の残酷な子供ということだ。
「これで良かったのかい?」
「え?」
 ふと、彼女に聞いてみる気になった。
「皆が君の噂をしている」
「『色で以て祖国に災いを成し、二国を手に入れた権力欲の魔女』と」
「まあ、随分とはっきり仰ること」
 くすくすと笑う少女は、まるで汚れを知らぬ乙女の様だ。皆、この見た目に騙される。僕も初めは騙された。
「そう言えばあの女、継母ではなく実母ですのよ」
「え?」
「余りに仲が悪すぎて『実は継母だった』なんて噂が立ってしまったのですよ」
「毎日毎日、鏡に貼り付いてばかりいるろくでなしの母親でね。昔どれ程の美女であったかは知りませんけど、そんな過去に固執し続けて現実の自分を受け入れられず、果ては血を分けた実の娘をただ『若く美しいから』と言うふざけた理由で殺してしまおうだなんて……有り得ませんわ」
 怒りに声を震わせながら彼女は言った。常日頃は「無垢な乙女」の演技を徹底して行っている彼女には珍しい感情の揺らぎだった。
「君は、本当は母君を愛していたんだね」
 そうでなければ、こういう反応にはならない。愛していたからこそ、許せなかったのだろう。
 しかしながら、僕の言葉を聞いた姫は引き攣った笑顔を見せた。彼女としては絶対に受け入れられない事実らしい。
 仕返しとばかりに、彼女もこう問い返した。
「貴方こそ、これで宜しかったのですか?」
「何がだい?」
「私のような女を妃としたこと。まさか、本気で私を愛しているなどと仰っている訳でもないのでしょう?」
「この度貴方が手に入れたものと、果たして釣り合いが取れるかしら?」
 痛い所を突いたつもりなのだろう。悪戯っ子の様に笑う。
 ああ、やっぱりこの子は幼い。その質問一つで口封じに殺される可能性だってあるのに。
 でも、僕はそうしなかった。少なくとも今はその時ではない。彼女は分かった上で言っている訳ではないのだろうから、つくづく悪運の強い娘だと思う。
 代わりに姫の腰を抱き、その身体を引き寄せた。そして、不信感に包まれている貴族や兵士達に笑顔で手を振った。
「心配には及ばないよ」
 僕は姫の耳元でそう呟いた。姫は頬をほんのりと赤く染めて俯く。
(そう、心配事など何もない。僕は手に入れたんだ。君と共に「己が母国」の玉座を)
 現国王の長子は僕だけど、王位継承権を持つ者は他にもいる。若輩の僕が確実に王座を手に入れるには、評価の決め手となる功績が必要だったが、彼女が政敵でもあった王妃派を排除して祖国の実権を掌握し、その彼女を僕が妃としたことで実質彼女の祖国を我が国が属国化。最大の功労者である僕は、これで大きく王座に近付いた訳だ。
 愛らしく愚かなお姫様。可哀想だね、君の国の民は。
 でも、幸運だった。だって、我欲に捕らわれた君や君の母親、君達を止めなかった君の父親よりも、僕の方がずっと王に相応しいだろう。
 あの森で、母親に追われて死にかかっていた君を拾って本当に良かった。君はやっぱり僕の運命だったね。


 ――君に出会えて、本当に良かった。



Story へ戻る